ZEPPELIN

本日も残り1時間をきり大急ぎでブログを書き始めた。

さて。

ベルトの交換に出していた腕時計が戻ってきた。

これまでは茶系のベルトを使用していたのだが、汗が染み込み、次第に臭くなり始めたので今回交換する運びとなった。

黒の牛皮をチョイス。

なかなか良きである。

ドイツ製の自動巻腕時計。

上京する前、大阪の梅田で購入したものだが、値段としては確か5〜7万円程度だったと記憶している。

時計好きの人であればもっと高額なものを所有している人も居るとは思うが(まあ絶対に居るよね)、僕はこの時計を何年も使い続けるつもりでいるし、なんなら一生これだけを身につけても良いと思っている。

1987年。

僕がこの世に生まれた年に誕生したブランドである。

時計マニアでもないし、そもそも物欲も今はほとんど無い。
先日から断捨離を続けて、つくづくそう感じている。

芸能人やタレントでもあるまいし、僕の私物についてあれこれ語ったところでほとんどの人が興味は無いと思う。
もしあれば変態だ。
間違いない。

にも関わらずこうして時計について書こうと決めたのは、「ブログは毎日更新だから何か書かなきゃ!」と焦ったのが一つ目の理由で、もう一つの理由が、これまで度々、「物語を書く上でのテーマは“過去”だ」と言ってきた。

過去は、現在、未来と密接に関係し合っているし、同時にこれら3つは“時間”と関係している。

つまり、時間や時計についてあれこれ思いを巡らせる事によって自分が追い求めるテーマである『過去』についての解釈が深まるのではなかろうかと思ったのだ。

次第に何を言っているのか、わからなくなってきたのではないだろうか?

大丈夫。
安心してほしい。

僕もわからなくなってきた。

完全に意味不明である。

色々な時計を身につけて日常に、刻む時間に変化を感じながら人生を謳歌するのも楽しそうだけど、たった一つの時計を大切に使いながら日々を生きていくのもなんだかロマンがあるし格好いい。

さてと。

僕はどう生きようかな。