まだ誰も見たことないであろう世界観へと移行していく

2017年7月にTwitterのアカウントを作った。

日常的に何かを継続して投稿するわけではなく、気が向いた時にちょっと使ってみる程度。

とはいえ、

3年も経つと、それなりにツイート数が溜まっていて、気がつくといつの間にか合計で2000ツイート以上になった。

昨夜から、その溜まった過去のツイートの最初まで遡り、順番に読み返し、そして一つずつ消し始めた。

去年、地元の友人に「たっちゃん、自分のツイートは消すなよ」と言われた。

きっと、自分の思考を否定するなよ、という意味が込められていたんじゃないだろうか?

と、勝手に解釈をしている。

だが、今回、その意見(アドバイス)に背く形になってしまった。

順番に順番に、消し始めている。

おそらく残すものも中にはあるが、その大部分を消すことになる。

もし、その地元の友人がこのブログを読んでくれていたら、「せっかくアドバイスをくれたのに、申し訳ない」と伝えたい。

時として、

自分の思考や、そこから透けて見える打算的な側面を否定する必要があるような気がしている。

過去のツイートを消すという行為が正しいかどうかはさておき、一旦、自分なりの考えのもと、新しい使い方へと移行しようと思っている。

基本的には、過去の行動や考えは無駄ではないし、それがあったから今があるので全否定するつもりは全くないんだけど、状況によっては、過去の自分を一旦ペチャンコに踏んづける必要があるのもまた事実で、今がそのタイミングなのかなぁと個人的には思っている。

本日、以下のツイートを1つ投稿した。

自らを鼓舞するための文章は書かない方がいい。
あとになって読み返した時、そこに待っているのは、鼻で笑うしかない最低の結末だ。
過去のツイートを読み返し、吐き気すら覚えた。
貴重な時間を使ってなぜこんなゴミを量産してるんだ?という気になる。
内容がないことを露呈しているにすぎない。

杉本達哉 Tatsuya Sugimoto

ようするに、

過去の自分のツイートはどれもこれもヒドくて、内容はスカスカ。おまけによくありがちな自分の感性に酔ってるにすぎない自己満ツイートの連投ばかり。

趣味で使うならまだしも、一応、これから言葉を使って生きていこうと考えている人間としてはあまりにひどいんじゃないの?

と思った。

今回、一度、仕切り直すことにする。

ただ仕切り直すだけじゃなく、使い方そのものに自分の人生観、そして価値観を織り交ぜながら、おそらく多くの人がまだしていないであろう使い方をしていこうと思う。

もちろん、

うまくいくかはわからないし、今後、変更することもあるかもしれないが、思いたったら試さずにはいられないタイプでもあるので、とりあえず、移行していくことにする。

数日以内に全てのツイートに目を通し、大きく使い方を変える。

お時間ある方は、時々、「何やってんの?」と、興味本位でTwitterを覗いてもらえると嬉しい。

今現在、過去のブログを一つも消去していない「riveroom」とはまた違った世界観を作り出せれば、そして、その世界観を楽しんでもらえればと、そう思っている。

ではでは、

みなさん素敵な週末をお過ごしください。