Twitterのプロフィール欄で痛感する自己紹介の難しさ【自己定義と言語化】

しばらく放置していたツイッターを、また使い始めました。

基本的には毎日更新している「日記」をシェアするためで、それ以外の目的で、あまりダラダラと見ることはありません。

Twitterは、何気なく見ているだけで時間が過ぎていきますし、僕自身、一度見始めると長時間スマホを手にしてしまうこともあったので、一旦、全てのフォローを解除させていただき、誰の投稿も目に入らない状態にしました。

自分が調べたい内容がある時だけ検索をしたり、特定の人のツイートを見たりしています。

ある程度、自己抑制が効くように

SNSの一つの醍醐味と言えば、「いいね」が付いたり、人との交流が生まれることでしょう。

触っているだけで楽しく、自己肯定感も生まれますし、何かしら繋がりのようなものも感じます。

そう考えると、皆んな孤独なのかもしれませんね。

僕は、Twitterに関しては完全に素人ですし、今現在、何かをツイートしても特別反応があるわけではないので、周りからの反応を求めている人からすると辛い状態かもしれませんが、個人には別の目的があってTwitterを使っているので特別気になることはありません。

その目的とは?

これはTwitterの特徴を踏まえているのですが、僕は、Twitterの運用を「限られた文字数で自分の意見を述べたり、考えを整理する練習」と、捉えています。

つまり、言葉にする練習ですね。

よく言語化と呼ばれたりします。

個人的には、

感覚的な事柄も大切だと思っているので、なんでもかんでも言語化することに対しては懐疑的ですが、とはいえ、実生活においては自分の感情や想いを言葉にする必要がある場面も出てくるかと思いますので、その為の練習だ、と思えば結構楽しむことが出来ます。

実際に使ってみると、自分の中でわかったつもりになっていることが多くて、案外、思考が整理されていないケースが多いことに気付きます。

この記事のようにブログは好きなだけ文章を書くことが出来ますが、Twitterだと1ツイートあたりの文字数が決まっているので、そうはいきません。

この文字数の制約がTwitterの良いところだと、個人的には思います。

毎回の投稿時もそうですが、僕は自分のプロフィール欄を書く時に、言葉にする難しさを痛感しました。

人生を凝縮し、ポイントを抽出して書くことはもちろん、必然的に自分と向き合うことになるので、言語化以前になかなか大変です。

メチャクチャ短い自己紹介ですから。

ちなみに、今回僕が書いたプロフィールを以下に記しておきます。

お世辞にも良い自己紹介とは言えませんね。

修正したい気持ちもありますが、どこがどう良くないのかを上手く自分でも掴めていないので、時間を見つけて少し考えてみることにします。


このあたりの考察をツイートするのも、僕にとっては(あくまで僕にとっては)自分を知る意味も含めて良い勉強になるかもしれません。