自分の頭で考えるというシンプルで大事な本質【迷走して気づいた】

「人の考えや意見に頼ってしまって、あまり自分の頭で考えれていない気がする……」

「自分の頭で考えなくても、誰かの真似をして上手くいけばそれでもいいの?」

という方に向けて、今回この記事を書きました。

本記事では以下の内容を解説します。

・自分の頭で考えるというシンプルで大事な本質について
・自分の頭で考えることを放棄してはいけない理由

こんにちは、杉本です。

自分の頭で考えることって、口で言うほど簡単ではないんです。

そう思いませんか?

僕自身、ここ2年間ほど、あまり自分の頭で物事を考えれていなかったような気がしていて、結構悩んだ時期がありました。

なので、その経験を踏まえて、今回、記事にすることにしました。

情報があふれ、生きやすくなった世の中だからこそ、「実は、悩んでる人が多いんじゃないかな?」なんて勝手に想像しています。

もし、似たようなことで悩んでる人は、サクッと読んでみてください。

何かしら参考になる部分があれば嬉しいです。

自分の頭で考えるというシンプルで大事な本質について

精神的な内容になるかもしれませんが、大事なので、なるべくシンプルに説明します。

あなたが誰にも負けない唯一無二のもの

あなたが自分の頭で考えたもの(こと)は、あなたが他の誰にも負けない唯一無二のものです。

それが何らかの意見であれ、アイデアであれ、解釈であれ、あなたの中にしか存在しないからですね。
他の誰もあなたと全く同じものは持ち得ません。

例えば、

『人生』という言葉を一つとってみても、そこから連想することって人によって違いますよね? 

それは、あなたにしかないオリジナリティがあるということを意味しています。

負けないことの定義にもよりますが、唯一無二で替えがきかないという意味においては大きな価値を持つでしょう。何度も繰り返して申し訳ないですが、全く同じものはこの世界のどこを探したとしても存在しないので。

あなたが自分の頭で考えたものは、あなたしか持ち得ない唯一無二のもの。

どうでしょうか?

そう考えると、それだけで充分な価値がありますよね。

自分の頭で考えるって難しい

自分の頭で考えるって、口で言うのは簡単ですが、いざやってみるとかなり難しいことに気づきます。

無意識のうちに自分の思考の中に他人の価値観が入ってくるからです。

たぶん、完全なオリジナルってなくて、みんな何かしら他人からの影響を受けています。このとき大事になってくるのは、なるべく純粋な視点(自分自身の視点)で物事を見ることです。

「てか、自分の頭で考える必要ってある?」と思う人がいるかもしれません。「自分の頭で考えなくても上手くいけばいいんじゃないの?」と。

たしかに、その瞬間だけのことを考えればそれでも良いかもしれませんが、では、「誰の価値判断でいくのか?」ということになります。
もし仮に、あなたにお手本になるような人がいたとして、あなたは本当にその人を理解していて、なおかつ、その人の思考や行動を再現できるのか、という問題が生じます。

結論、たぶん難しいですよね?

だから、自分の頭で考える必要があるわけです。で、それ自体もメチャクチャ難しいです。

純粋に自分の人生を生ききるために

自分の頭で考えるというのは、純粋に自分の人生を生ききるために必要なことです。

たった一度の人生、自分の頭で考えることを放棄してどうするのか?という話ですね。

たとえば、

「絶対に、〇〇すべき!」という誰かの意見があったりします。

仮に自分の頭で考えることなく、その意見に乗っかって、結果的にそれで上手くいったとします。
でも、自分は本当は違うことをやりたかった……

上手くいったけど、本当にこれって幸せな状態なのでしょうか?

もちろん幸せな人もいるでしょう。結果が出ればOKという考え方です。
その考え自体、僕はまったく否定はしません。本当にそれで幸せを感じる人たちもいるからです。
ただ、なかには、後悔してしまう人たちもいます。

そういう人たちには僕なりに伝えたいです。

自分の頭で考えるというのは、純粋に自分の人生を生ききるということです。

自分の頭で考えることを放棄してはいけない理由

いくつか具体例を交えながら解説していきます。

他人に流される

自分の頭で考えることを放棄すると、結果的に他人に流されることになります。

簡単に言えば、他人の思考を拝借してるからです。

この状態になると、「自分が何を考えているのか?」が自分でもわからなくなります。
ただでさえ、自分のことを理解するのは難しいのに、考えることを放棄するとなると、余計厳しくなります。

考えることを放棄した結果どうなるかと言えば、よくありがちなのが「〇〇さんみたいになりたい」となったり、その人の価値観に当てはめて物事を見たりするようになります。

僕もなりました。
要するに、自分ではない誰かになろうとしている状態ですね。
完全に迷走です。

そもそも、自分とその人では、生きてきた時代、見た目、性格、経験など、違いがありすぎる場合がほとんどだと思いますが、そんなことはお構いなしになります。

このような不確実なものにすがるぐらいであれば、たとえ不器用でも自分の頭で考えた方が良いと思います。

幸い僕は、この状況から脱却できました。

自分の頭で考えることを放棄すると、他人に流されます。

真似れば学びと、もれなく縛りもついてくる

この部分をもう少しだけ掘り下げてみると、自分の頭で考えずに誰かを真似ると、そこには学びもありますが、もれなく縛りもついてきます。

ここでいう「縛り」とは、他人の価値観です。

「守破離」という言葉もあるように、何事も真似をしたり、型を覚えたりすることは大切で、また必要なことでもあります。

しかし、同時に自分の頭でも考えておかないと、どんどん考えられなくなってしまうのも事実です。

例えば、

自分が野球少年だとして、尊敬する野球選手から「〇〇するべきだ」というアドバイスを貰えたとします。

このとき、学びと同時に、縛りも生まれます。

イメージできるでしょうか?

「ここは賛同できるけど、この部分は納得できない」という自分なりの価値観を持つ必要があります。

で、これが難しいのです。

自分の頭で考えずに誰かを真似ると、学びとセットで縛りがついてくることを覚えておいてください。

ただ日々が流れていく

自分の頭で考えることを放棄すると、ただなんとなく日々が流れていく感覚を経験するかもしれません。

自分の中の疑問と向き合わないので、とくにつらくもないけど、楽しいこともないというような状態ですね。

ストレスがあまりかからない分、充実感や安心感はあるかもしれませんが、「果たしてそれが幸せなのか?」と考えてみると、ここは人によって意見が分かれる部分だと思います。

僕自身、焦りや、自信のなさから自分以外の誰かを真似したことがありましたが、ただ日々が流れていく……そんな感覚を持ちました。

もちろん、それはそれで幸せな人もいるでしょうし、ある種の充実感を感じていたので僕自身も幸せだったのかもしれません。

ですが、結局は、自分の頭で考えながら生きていきたいなと思うようになりました。

変化への対応が後手になる 

変化への対応が後手になる(遅れてしまう)可能性はそこそこあるかもしれません。

自分の頭で考えなければ、スピード感を持って変化に対応することは難しくなります。

仮に時代が変化しても、「どうすればいいかサッパリわからない……どうしよう?」という状態になるということですね。
変化したときには、そこにはすでに誰かがいるというケースがほとんどでしょう。

きっと生きていれば、重要な場面で自分の頭で考えなきゃいけないことも出てきます。

例えばそれは、愛する人のことかもしれないし、大事な人の生命に関することかもしれません。その時に自分の頭で考えられないのは、さみしいなと個人的に思ったわけです……

少し話が逸れてしまいましたが、自分の頭で考えることを放棄してしまうと、変化への対応が遅れてしまう可能性がありますし、大事なことは自分の頭で考えた方がいいと思いますので、なるべく放棄することなく、考え続けましょう。

もちろん、きちんと休みながらですよ。

本記事は以上です。

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》》杉本達哉 Tatsuya Sugimoto