ゴミの臭いはなかなか取れない

去年、脚本コンクールに出した脚本(現在、第8稿)の、『初稿』と『第2稿』を久しぶりに読み返してみた。

初稿とは、一番最初に書いた脚本のことで、第2稿はその初稿を修正した脚本のことを指す。

一つ、教訓を得たので、今日のブログではそれを共有する。

あえて言葉を選ばずに言えば、『一度ゴミになってしまうと、なかなかその臭いは取れない』ということ。

初稿は荒削りだった。

書き始めてから一度も修正していないわけだし、物語の細部に曖昧な部分が色々と残っているので、当然と言えば当然だ。

しかしながら、読み返した時、自分が想像していたものよりは悪くなかった。

たしかに、物語はかなり薄い。

登場人物もどこかぼんやりしているし、物語の軸となる「葛藤」の作り込みも不十分で、何かが起きているようで、何も起きていない、そんな感じで物語が進んでいく。

総合的には完全にバツ!

だが、一つ収穫があった。

案外、会話は悪くないということ。

比較的、短いフレーズでリアリティだってあるし、登場人物の一面も明らかになっているし、ストーリーを少しずつ前に進める役割も担っている。

もちろん、完璧じゃない。

全くもって完璧ではないけれど、まぁ、「これからの修正次第では光るんじゃね?」と、希望があった。

しかし……しかしである。

第2稿がゴミすぎた!

物語に厚みを持たせるために、余計な説明が増え、不自然で質の低いセリフが並んでいる。

つまり、初稿から第2稿までの修正がメチャクチャ失敗している。

読んでるこっちが恥ずかしい!

自分が誰かの脚本を読む立場だとして、もしもこの第2稿が送られてきたら来たら、即、ゴミ箱に捨てる。

読んでられない。「俺の時間を返せ!」である。

特に会話がひどい。

とはいえ、修正をミスることはあるし、まだ第2稿であるということを考慮すれば仕方ない部分はあるんだけど、今回、何が問題かと言えば、その第2稿のゴミから修正を重ねてしまったということだ。

第2稿はスパッと捨てて、初稿をベースに修正すればよかったのだ。

しかし、「第2稿を良くしよう!」という方向性のもと修正を進めてしまい、気がつけば第8稿まで来てしまったのだ。

完全に判断をミスった!

どうりで、第8稿からも微かなゴミ臭がするわけだ。

ゴミをきれいにして宝石にしようとしてたんだから、そりゃダメだ。
ゴミはゴミなんだから。
仮にそこそこ見た目はマシになっても、臭いはなかなか取れない。
見る人に見られれば、確実に見破られる。

「これは脚本じゃない、ゴミだ!」と。

教訓。

こと、脚本においては、ベースとなる物語を間違えると、仕上がりも終わる。

今後、第8稿を修正してもダメだ。

一旦、戻る。

どこまで?

初稿か、あるいは、それより前に戻るべき部分があればそこまで戻る。

マジかい!