伝えたかった一文とは?

今日も1本、ツイートを打った。

行動することが尊いことであると語られることが多い。
目的を達成するためには行動は必要不可欠で、その場に留まってはいけないと。
本質的には間違いないと思う。
だが、場合によっては行動してはいけない人もいる。待つことが必要なことも。
何事も一括りに語ってはいけないと自戒の念を込めて。

Twitter》杉本達哉 Tatsuya Sugimoto

毎日ブログを書くタイミングで、「うーん、今日は何を書こうかな?」と悩むのも少しばかり効率が悪いような気がしたので、ときには、その日打ったツイートを掘り下げてみたり、違った角度から考察してみるのも悪くないかなと考え始めた。

あと、

自分のツイートは時間経過とともに消す可能性があるので、一応、記録的な意味も含んでいることをお伝えしておきたい。

今日のツイートで伝えたかったことをさらに簡単にすると、

行動が善いことだってなってるけど、場合によるでしょ?

ということ。

日頃、ブログを書く上で気をつけていることとしては、

  • なるべく極端な意見は述べない
  • 常に逆の立場からも考えてみる
  • 強めのメッセージは発しない

というのがある。

視野が狭まってしまうことがこわいし、あとは、脚本を書くひとりの人間として、一般的に「悪」と定義される側にも立たなきゃいけないので、なるべく価値観を完全には固定したくないという思いがある。

自分の考えを述べることは当然ながらあるし、物の見方、哲学も持ち合わせてはいるけど、こうして表に出す時はバランスに注意を払っているつもりだ。

ちなみに、僕が嫌いな言葉は「絶対」である。

なぜなら固定させてしまう言葉だから。

ブログを書くという行為とは矛盾する部分もあるが、なるべく読んでくれる人に自分の意見を押し付けたくないとも思っている。

なので、くれぐれも僕の文章から影響などは受けないでほしい。「なるほど、そういう考えもあるのね」ぐらいに留めておいてもらえると幸いだ。

自分の意見が一般的に正解だとも思っていない。守りに入っているわけでもないし、もしかすると言い訳がましく聞こえるかもしれないが、なるべく、僕自身が持ち合わせている感覚を正確なニュアンスで伝えたいと、そう思っている。

さて。

さっきの一文に戻る。

行動が善いことだってなってるけど、場合によるでしょ?

この言葉を、もう少し抽象度を高めて書き換えて、今日のブログは終わることにする。

要するに、

人は間違える、ということだ。

逆に言えば、

人は間違える、という一文を伝えたいがために、

行動することが尊いことであると語られることが多い。
目的を達成するためには行動は必要不可欠で、その場に留まってはいけないと。
本質的には間違いないと思う。
だが、場合によっては行動してはいけない人もいる。待つことが必要なことも。
何事も一括りに語ってはいけないと自戒の念を込めて。

と、ツイートしたということだ。

なんて回りくどい作業なんだろうか。

ではでは、素敵な1日をお過ごしください。