【本音】前向きな人を「うざい」と感じてしまうワケ【案外ありがち】

「前向きな行動や発言をしている人を見て、うざいと感じてしまうことがある、、、」

「うざい、、、と、後ろ向きな気持ちになったとき、どうすればいいんだろう?」

という方に向けて、この記事を書きました。

本記事では以下の内容を解説します。

  • 前向きな人を「うざい」と感じてしまうワケ
  • 前向きな人を「うざい」と感じたときの対処法

こんにちは、杉本です。

日頃から、なるべく後ろ向きな気持ちにならないよう気をつけてはいるつもりですが、残念ながら完璧ではありません。

前向きな人の行動や発言にイラだったり、ときに「うざい、、、」なんていう感情が出てきたりもします。

このブログ記事を書く上で、自分のことは棚上げして完璧な人格を装うのはフェアじゃないと思ったので(全然、完璧じゃないです!)、先に告白することにしました。

正直、「うざい、、、」と思っちゃうことはあります。

ぶっちゃけ、みなさんもあったりしませんか?

この記事では、これまでの僕自身の経験を踏まえつつ、「なぜ、前向きな人に対してうざいと感じてしまうことがあるのか?」について、偽ることなく深掘りしました。

深掘りした後は、その後の行動(対処法)についても触れていきます。

本音の中に、何かしら役に立つ部分があれば幸いです。

前向きな人を「うざい」と感じてしまうワケ

心の内を、正直に語ります。

他人への理解不足が透けて見える

普段から前向きな言動ばかりの人は、他人への理解不足が透けて見える場合があります。

「前向きな言動の方が、きっと全ての人にとっていいはずだ!」との思い込みが強かったりするからですね。

自分の前向きすぎる言動が、無意識に他人を追い詰める可能性があるということを理解していないケースです。
要するに、自分の価値観を信じて疑わない人。

とくに極端な意見は、その傾向があるように思います。

そのどこか厚かましい雰囲気に対して、「うざい、、、」と感じたりします。
少なくとも僕はそんなときに感じます。

後ろ向きな言動と、前向きな言動。
この2つを比べると、もちろん前向きな言動の方がいいとは思いますし、そこに異論はありませんが、とはいえ、世の中にはなかなか前向きになれない人もいます。

だからといって、自分の考えを曲げる必要はありませんが、前向きな意見が誰かを追い詰めているかもしれないということは頭の片隅に入れておいた方がいいですね。

そんなこと、まるでおかまいなしに、ただただ前向きな人は、僕は苦手です。

前向きな言動は、本心じゃないことがある

前向きな人には、ときに不誠実さを感じることもあります。

理由はシンプルで、その言動は本心じゃないことがあるから。

大事なポイントなので、少し深掘りします。

たとえば、日本には「言霊(ことだま)」というものがあります。

言葉に宿るとされた霊的な力のことで、簡単に言えば、前向きな言葉を発すれば自ずと前向きになるし、その逆もまたしかりというもの。

これまで、一度は耳にしたことがあるんじゃないでしょうか?

つまり、前向きになるために前向きな言葉を発している状態です。
実は、前向きじゃないのに、、、

別に悪いことではありません。
それで前向きになれるなら本人としてはオッケーでしょう。

しかし、「じゃあ、その言葉を聞いた周りの人はどうなるの?」という部分がゴッソリ抜け落ちていることがあります。

たとえば、メチャクチャ借金している人が、「いやー、借金? 余裕でしょ、若い時は、、、借金してナンボ!全く気にしてないし、どうにでもなるさ」と発言したとします。

これが本心であればあまり問題なしです。
価値観は人それぞれなので。

でも、実は本心ではなく、自分が抱える借金への不安を紛らわせるためにこの言葉を周りに発していたとしたらどうでしょうか?

この言葉によって、周りの人たちが感化されたらどうなるのか。

前向きな言動の根っこにあるのは、本心ではなく、自分のことばかり、、、
そんなことも多いので、不誠実さを感じ、果ては、「うざい、、、」という感情になるのかもしれません。

自分の人生なので自分を最優先でいいですし、言霊に頼るのも全然OKですが、その言葉を聞いているのは自分だけじゃないということを忘れてはいけません。

先程から、何やら偉そうに語っていますが、僕自身も自覚しているポイントでもあるので、なるべく気をつけなきゃいけないと改めて。
完全にブーメランです。

前向きな人を「うざい」と感じたときの対処法

3つに絞りました。

うざいは余計なお世話じゃない?

1つ目は、自問自答です。

「うざい、、、は余計なお世話じゃないか?」と。

自分の棚上げを取り除いて、真摯に考えましょう。

その結果、「余計なお世話だ」という答えが出る可能性が高いです。
僕は出ました。

「うざい」なんて言ってますが、「じゃあ、自分は完璧なの?」と問いかけてみてください。

余程、自分に甘い人でなければ、「完璧じゃないのに批判してる…」と気付くはずです。

まずは、自分の不完全さを認識することから始めましょう。

「別に余計なお世話でもいいし、自分は全力で批判する!」という人は止めませんが、「うざい」と思ったところで何も変わらないのもまた事実です。
残念ながら、状況は好転しません。

正直、「うざい」と感じてしまうのも人間ぽくて悪くないですが、生産性の観点から言えばあまり意味はありませんね。

まずは自問自答しましょう。

「じゃあ、自分は完璧なの?」と。

反面教師にする

前向きな人を観察して、自分が「微妙だなぁ」と思う部分を反面教師にするという手もあります。

自分も同じことをしないためであり、「自分は何をうざいと感じているのか?」と考えることで自己理解を深める狙いも含まれています。

どんなところがうざいのか?
自分はなぜ、それをうざいと感じてしまうのか?

このあたりを整理し、言語化することで、反面教師にすることができます。
不明点をすくいあげ、自分は同じことをしなければいいのです。

実はこれにはもう1つの狙いもあって、反面教師にしようと前向きな人を観察すると、自分の性格の悪さや未熟さに気付けたりもします。
何に対して「うざい」と感じているのか、、、
案外、曖昧なことが多いと気付くからですね。

たしかにうざい部分もあるかもですが、そこから何かを学び取り、改善しないことには前に進めません。

反面教師にするために観察する。

基本的ですが、大事なポイントです。

努力を怠っていないか?

「自分は、努力を怠っていないか?」

これも合わせて自問自答してみましょう。

「うざい」と感じているのは、自分の僻み根性だという可能性も大いにあります。

ダラダラしている自分を正当化し、前向きな人を批判することで、優位に立った気になるというパターン。
よく世間で「ダメだ」と言われている典型的なパターンです。

でも、案外やりがちなので注意が必要!

人間なので、うざいと思うことはあるけど、批判したところで自分のためにはならないですし、何も変わりません。

基本、他人を変えるのは無理ですし、自分が変わった方がずっと早い。

「うざい、、、」と感じたら、自分にも厳しい目を向けましょう。

「オマエ、それを言うなら、ちゃんと努力してんだろうな?」という感じ。

僕自身、何度も自分の努力不足、不完全さを痛感しました。

結論、完璧な人間はいないです。

僕も周囲への配慮を欠いた前向きな言動をしていることはあるかもしれませんし、他人の前向きな言動に対して「うざい、、、」と感じてしまうこともあります。

勝手なものですね。
自分を棚上げし、相手を批判する。

完璧は無理なので仕方ない部分もありますが、、、
せめて相手への配慮は忘れないようにしましょう。

自分だけを正当化してはいけません。

僕も気をつけます。

本記事は以上です。
最後までお読みいただきありがとうございました。