Noは自分の内側に向き合うキッカケをくれる


23時20分。

ついさっき、ミュージック・ビデオの台本の第12稿を提出した。

12稿ということは、つまり11回書き直しをしているということで、オファーを貰ってから1週間少しぐらいが経過しているだけなので、期間を目安に考えると、それなりの回数、修正しているのではなかろうか。

単純に、「才能が無いんじゃない?」と言われれば、それまでかもしれないのだが、曖昧で捉えようのないイメージを共有するのは、結構難しいものがある。

自分がプロデューサーでお金を出す立場であれば、自分の好き勝手書いた台本でもある程度Goサインを出せるのだろうが、今回はそうもいかない。

あくまで依頼されている身である。

とはいえ、唯一無二の絶対的な正解があるワケでもない。

ここが難しい。

あくまで「イメージに合うか」という感覚的で、どこまでいっても曖昧な尺度からは逃れられない。

踏ん張りどころ、頑張るしかない。

勿論、Noを突きつけられ続けると滅入ることもあるし、「なんでわかんねぇんだ!」と一人でフラストレーションが溜まることもある。

ここは人間だから仕方ない。

全ての感情を封じ込めれるほど大人にはなれないし、なる必要さえあまり感じない。

でも、Noは自分の内側に向き合うキッカケをくれる。

台本や脚本なんて書いていなければ、これほどまでに内側に向き合うことは絶対になかっただろうと思う。

向き合い続けると、脳内かどっかの回路が記憶と結びついて、忘れていた記憶を呼び起こすこともあるし、夢で懐かしい人に会うこともある。

今日も夢で3人会った。

もう、何年会っていないだろうか。

そして、その記憶、再会が、また物語に反映されたりするのだ。

12稿が良い反応だったらいいな。

もちろん、Noが来る可能性もあるけど。

さてと。

コインランドリーでも行って、脚本を書くか!