自分の頭で考えることはしんどい

無理をして誰かが作り上げた価値観やコミュニティの中で生きる必要はありません。
時代の流れや方向性は多少影響するかもしれませんが、そんなものは近い将来、また変わります。
死の間際、天井を仰ぎながら別の誰かの人生を生きたことを喜べるか?
自問自答して、自分だけの結論を出した方が良い。

2020年7月22日

Twitter》杉本達哉 Tatsuya Sugimoto

純粋に自分の頭で物事を考えるのが難しくなってきたなぁ、と思う。

手元にはつねにスマホがあって、ついついYouTubeをダラダラと観てしまったり。

油断すると、一瞬で時間が経ってしまう。
YouTubeを観るのが日課の人は、なんとなくこの感覚をわかってくれるはず。

「これは情報収集のために……」とかなんとか、あらゆる言い訳を並べてみるものの、実情はただダラダラと面白そうなコンテンツに浸かっているだけで、そこから何かを生み出せているのかと言えば、ほとんどの場合、そんなことはない。

少なくとも僕はそうで、ただ時間を浪費していることが多い。

もちろん当たり前だが、YouTubeそのものや、観ている人をディスっているわけではない。

何かを生み出そうとしている側の人間は、自分で手を動かす必要があるということ。

凄い経営者の話を聞いたからといってそれだけで自分がそうなれるわけではないし、本を読んだからといって、全て同じものが手に入るわけではない。

結局のところ、一歩ずつ自分なりに試行錯誤を重ねながら、「おっ、こうやれば上手くいくのか!」とか「これじゃダメなのね……あれ、なんで?」という確認作業をしていくしかないんじゃないかと思っている。

その時に邪魔になるのが、他人の意見だったりする。

誤解がないように伝えておくと、意見をいただけることそのものには感謝をすべきだろうし、そこから何かを学び取ることは生きていく上で大切なことだと思う。

しかしながら、他人の意見は、自分の頭で考えることを放棄してしまう要因にもなりかねない。

自分の頭で考えること。

これはしんどい。

間違えることが多いし、不安になったりもする。だから放棄したくなるし、自分ではない誰か凄い人の意見にすがりたくなる。

でも、たぶんこれじゃダメだ。

よくよく考えてみると、これまでの人生においてきちんと自分の身になっていることって、自分の頭で考えて試行錯誤したことがほとんど。

他人の意見は参考になるが、結果的には自分のフィルターをきちんと通してみないとただの知識になってしまう。

もちろん、他人の考えを聞いてそれをお宝にかえられる人はいい。だが、どうやら僕にはできないようだ。

時間をかけ、意味不明なミスを何度も繰り返して自己反省を重ねながらでないと、なかなか身にならない。

時代に逆行しているのかもしれないし、効率が悪い生き方なのかもしれない。

でも、それでいいんじゃないかな?と思い始めてきた。

「誰の人生でもなく、自分の人生でしょ」、と。

まぁまぁ、そんなことを考えながら今日を生きてましたとさ。

ではでは、そろそろ夕食を食べようと思います。

皆さんも素敵な1日をお過ごしください。