【断言】「夢って持つだけ無駄なの?」に回答【無駄ではありません】

「夢って、結局のところ叶わないことが多いし、持つだけ無駄じゃない?」

「夢は持つだけ無駄だ、と思ってしまう、、、」

という方に向けて、この記事を書きました。

本記事では以下の内容を解説します。

  • 【断言】「夢って持つだけ無駄なの?」に回答【無駄ではありません】
  • 「夢は持つだけ無駄」と考えてしまう3つの原因

こんにちは、杉本です。

脚本家になるという夢を持ちつつ、未だに叶っていない現実があります。
かれこれ、夢を持ち続けて10年ぐらい。

皆さんの中にも、夢を持ちつつも叶わなくて諦めてしまったり、夢を持つこと自体を放棄してしまった人もいるのではないでしょうか?

「夢はあくまで子供が持つもので、大人はもっと目の前の現実を見るべきだ」

そんな意見もあるかもしれません。

夢って持つだけ無駄なの?

この疑問には、1秒で「無駄ではない」と断言します。

僕自身、まだ夢を叶えていないので、「説得力に欠ける」と感じる人がいるかもしれません。

しかし、このブログに書く内容は、負け犬の遠吠えでも、負け惜しみでもないことをお約束します。

約10年という期間の中で、ときに考えが揺れ動き、迷っては悩み続けた日々もあります。

「生きる上で夢は絶対に持つべきだ!」とえらそうに語るつもりはなく、「夢は持つだけ無駄」と考えてしまう思考も理解できます。

過去の経験談から学んだ僕なりの気づきをシェアしますので、ぜひあなたの人生の参考にしてください。

【断言】「夢って持つだけ無駄なの?」に回答【無駄ではありません】

結論、無駄ではありません。

叶わない夢を持つことに価値はないのか?

たとえ結果的に叶わなかったとしても、夢は、持つことそのものに価値があります。

夢が叶うか、叶わないか。
これは、あくまで最終的な「結果」でしかありません。

結果に至るまでには日々のプロセスがあります。

叶わなかったからといって、その日々が全て無駄でしょうか? 
もちろん、そんなことはありません。

1つ例を挙げます。

自分の話で恐縮ですが、冒頭に申し上げたように、僕は「脚本家になる」という夢があります。

数年前のある日、地元の友人にそのことを熱く語っていました。

「アカデミー賞を獲りたいんだ。夢は叶えてナンボだ!」と。
そう、僕自身、心のどこかで夢は叶えないことには価値がないと思っていたのです。

友人はしばらく黙ったあとに、僕にこう問いかけました。

「じゃあ今、脚本を1文字も書かずに、無条件でアカデミー賞をあげると言われたら、もらうかい?」

この言葉から学んだ教訓は以下の2つです。

  • 結果は大事だが、あくまでプロセスがあってこそ、その結果は意味を持つ
  • もしどちらか2択なら、僕はプロセスを選ぶ

夢は叶うにこしたことはありません。

しかし、だからといって「叶わない=無駄」という考え方はあまりに短絡的でしょう。

夢は、持つことそのものに価値がある。
つまり、プロセスそのものにも価値があることを意味しています。

二元論を捨てよ!

とはいえ、「やっぱり、叶わない夢は持つだけ無駄だ!」と考えてしまう人もいると思います。

ここでお伝えしたいのは、「二元論を捨てましょう」ということ。
物事は白か黒だけではなく、グレーゾーンが存在します。

結果だけが全てだ!

そんな風に考えてしまうと、自分を追い詰めることになりますし、何もできなくなります。
虚無感に襲われたり、あるいは、自己肯定感が下がったりするかもしれません。

二元論を捨てる方法としては、「なるべく物事を断言しない」というのがあります。

「たしかに、無駄かもしれないけど、考え方によってはそうじゃないかも!」というように、あえて自分とは逆の意見を肯定することで、自分の思い込みや理論の穴に気付いたりします。

自分の主張や価値観を持つのは大切ですが、とはいえ、極端な意見に縛られると客観性を失うので注意が必要。

二元論を捨てる。

重要なポイントです。

夢を持つことで人生は変わる

個人的には、生きていく上で、夢は持っていた方がいいと思います。

夢を持つことで、間違いなく人生は変わります。
ただし、善し悪しは別。
ここでは、あくまで「変わる」という事実を述べています。

僕自身、これまで夢を持って、大学を中退し、専門学校、AD、ドラマの助監督、舞台演出など、様々な経験をしてきました。

そして今はこうして、ブログを書きながら、脚本を書く日々です。

大変なこともたくさんありましたが、総合的には幸せな人生です。

ここで重要なのは、事実として「脚本家になる」という夢はまだ叶っていないということ。

でも、だからといって、夢を持って歩んできたこの人生が無駄だとはどうしても思えません。

どんなものでもいいので自分なりの夢を持つこと。

そうすることで、「夢は持つだけ無駄」と考えることはなくなります。

事実、無駄ではありません。

「夢は持つだけ無駄」と考えてしまう3つの原因

経験談から3つほど解説します。

原因1:「いい歳して、恥ずかしい」という感情

1つ目の原因としては、他人の目を気にしているからです。

とくに、実現する可能性が低いタイプの夢であったり、自分が年齢を重ねているほど気にしやすい傾向があるように思います。

具体的には、「いい歳して、恥ずかしい」という感情ですね。

自分が恥ずかしい思いをしたくないので、「無駄」と考えることで予防線を張り、それ以上考えなくて済むようにしているわけです。

もし、「いやいや、恥ずかしくもないし、本気で無駄だと思ってる!」という人がいれば、先程解説した「二元論を捨てよ!」の部分を再度読み返してみてください。
その上で、「やっぱり無駄!」という結論なら、そうなのかもしれません。

とはいえ、他人の目を気にしている。

これはかなり多くの人に当てはまる気がしています。

過去の挫折経験

2つ目は、過去の挫折経験です。

過去に経験した挫折によって、自信を失い、トラウマになっていたり、あるいは過剰に自己防衛していたりすることが起因しています。

実は、僕もADの仕事をしていたとき、精神的に参ってしまって、逃げ出した過去があります。

今となっては冷静に振り返ることができますが、当時はそんな余裕は1ミリもなくて、夢を持ったことを後悔しかけたことさえありました。
根底にあった感情は、「恐怖」であり、自己防衛です。

もし、過去に何かしら挫折経験があり、それによって「夢を持つのは無駄」と考えるようになったのであれば、本当に、挫折経験と今の考え方に因果関係はあるのかを考えてみてください。

案外、僕と同じように、過去の挫折経験による恐怖や自己防衛かもしれません。

努力不足による僻み根性

最後は耳が痛い部分ですが、目を背けてはいけない大切な部分。
僕自身も心当たりがあるのでシェアしときます。

ズバリ、自分の努力不足による僻み根性です。

努力することを放棄した自分を肯定することで、惨めな気持ちにならないようにするためですね。

「夢は持つだけ無駄!」と公言し、斜に構えることで、頑張っている人をバカにして自分のポジションを獲得しようとするパターンです。

言うまでありませんが、全ての人がそうではありません。

もちろん、「夢を持つのが無駄」というのも1つの考え方なので、それを否定するつもりはありません。

しかしながら、「自分の努力不足を棚上げしていないか?」と自問自答する価値はあります。

自分の間違いや弱さは、なかなか認めるのが難しかったりするので、無意識の間に、このマインドに陥っていることがあります。

努力不足による僻み根性。

ここについては、「夢が叶わない人生を送っている理由【反面教師にして下さい】」も少しだけ関連しているので、よければ合わせて参考にしてみてください。

ときに厳しい目で自分自身を見つめる必要もありそうです。

結論、夢を持つのは、結果はどうであれ無駄ではありません。

本記事は以上です。
最後までお読みいただきありがとうございます。