「才能」という言葉は好きじゃない

3月の半ばぐらいから、ブログ『riveroom』の中で記事(ARITCLE)を書き始めた。

当初の目標は、「6月の後半までに100記事、書く!」というもので、ついさっきカウントしたら合計65記事だった。

目標に対して65%での着地。
結果的に、未達成に終わってしまった。

改めて、目標設定と、日々そこに向かって積み重ねていくプロセスを改善しなくてはいけない。

僕自身の意思が弱かったのかもしれないし、目標設定に少しばかり無理があったのかもしれないなと、そう感じている。

6月に入ってから、徐々に記事の効果が現れてきたので、諦めることなく地道に書き続けていく。

関連》》やったー、1位をとったぞ!!

口で言うのは簡単だけど、それをきちんと実行するのは難しい。

これまでの自分を振り返って、それなりに痛感している。

たとえ、些細なことでも、ほとんど例外はない。

有言不実行だなぁ……

と、自分の弱さが嫌になることもあるけど、とはいえ、口にしないことには日々やり続けることが難しいこともあるので、なるべくブログには書くようにしている。

自発的に何かに向き合えば向き合うほど、自分の弱さしか見えてこない。

みんな、そんなもんなんだろうか?

今回、100記事まで到達できなかったことについては、努力不足。

そこに運の要素が絡んでいるのであれば、「まぁ、仕方ないよね!」と思えるんだろうけど、コツコツ書き溜めれば確実に到達できた目標に対して、結果的に未達だったことは、やっぱり反省しなくてはいけない。

運は関係ないんだから。

シンプルに当初の執筆ペースを守れず、自分がサボったということに他ならない。

でも、逆に言えば、自分次第で改善できる範囲だということだ。

才能が関係ないというのは、ブログの素敵な部分かもしれない。

僕自身のスタンスで言えば、基本的に「才能」という言葉はあまり好きじゃない。

もちろん、何事にも才能の有無は存在しているんだろうし、運も左右するんだろうけど、「才能」という言葉を口にした瞬間、永遠に追いつけないような気がする。

負けず嫌いとも少し違って、何だろう……こう、自分の言葉で自分自身の限界を決めてしまうことが、ちょっぴり寂しいのかもしれない。

いやいや、才能があるかどうかなんてわかんないでしょ?
本当に?だって、証明できないでしょ?

という感じだ。

でも、だからこそ頑張る必要があるんだけど、それすらも妥協してしまって、今回のように未達に終わってしまうこともある。

「才能なんて認めない」なんて言うのなら、まずお前が頑張れよ!ってな話だ。

はい、すみません……。

今日から7月だ。

まずは最低ラインである100記事に向かって、コツコツと進むことにする。

あと35記事!やるべ!