闇が存在する理由

朝の4時過ぎ頃だったか、ほのかに窓から朝日が差し込んできた。

ベランダの向かいにある西側の建物のガラスに反射した朝日。

薄暗い室内が部分的にオレンジ色に染まる様子が美しくて、写真を撮った。

直接的ではなく間接的であることの優しさ。

先日、ネット上での「誹謗中傷」について、自分が感じていることをブログに書いた。

芸能人の方々が声高に正義を主張する中、どこか違和感を感じている自分がいる。

もちろん、全てに対してではない。

この問題は多角的に考える必要がある。

感情を切り離してもいけないが、囚われてもいけないのだ。

闇が存在する理由、それは光が存在するからだ。

そのことを忘れてはいけない。

光は正義かもしれないが、純粋であるがゆえ、誰かを追い詰める可能性もある。

どこかで誰かが強い光を発するほど、世界のどこかで闇が深まる。

正義は、裏を返せば悪だ。

相互作用的世界。

ネット上で誹謗中傷する人を擁護するつもりもないが、強い言葉をもってして彼らを全否定する人間も信用できない。

「自分は正義側の人間であり、何も間違えていない!」と、一点の曇りもなく信じきっている人は、それはそれでかなり危ない。

この世界に、完璧な人間なんているのだろうか?

声高に正義を主張する人間は、これまで、誰一人傷つけてこなかったか?

ほぼ全員がノーのはずだ。

もしもその答えがイエスで、完全なる正義(光)だとしても、それによってこの世界のどこかに闇が生まれていることもお忘れなく。

朝日によってできた光と影を見ながら、そんなことを。