読めない脚本の方が凄いってどういうこと?

昨夜、2時過ぎから去年書いた自分の脚本を読み返してみた。

ページ数にして91ページ。
音楽をかけず、無音の部屋で、ゆっくりと読んだ。

やはり面白くはなかった。
残酷ではあるが、事実だ。

読み始めて15分ほどしてトイレに立った。
その瞬間、「あ…負けたな」と思った。

書き手である僕自身の愛着を加味しても、ページに釘付けにすることはできなかった。
自分ですらこれだ。
他の人が読んだらもっとツマラナイに違いない。

とはいえ、諸々、改善点(あー、面白くねぇなぁというポイント)も何個か見つかったので、ちゃんと時間を作って修正しよう。
少なくとも自分が「オモロイ!」と思うレベルまでは引きあげなきゃいけない。
このままだと、あまりにかわいそすぎる。

実は自分の脚本を読み始める1時間前から先に英語の勉強をしていたんだけど、後半の30分間は、大ヒットした映画『ジョーカー』の脚本をオープニングから4ページほど読んだ。

驚くことにハリウッドの脚本はネット上で無料で読めるものが多いのだ!

当然ながら全て英語なので、全体の1割程度しか理解できなかったんだけど(もっと少ないかも…)、その佇まいというか、雰囲気というか、オーラというか、パッとページを見た時に感じるものがあって、しばらく、その正体について考えることになった。

100%読める僕の脚本と、1割しか読めないジョーカーの脚本を比べても、圧倒的な差を感じずにはいられない。

「言語的に読めない脚本の方が凄いって、どういう状態?」って思うけど、まぁこれは事実で、昨夜は絶望感に苛まれていた。

とはいえ、嘆いていても仕方ない!

とにかく、自分の脚本を掘り下げて、修正するしかないのだ。

このあたりは少しばかり心境の変化というか、考え方に余裕が出てきた。
別のアプローチを取り始めたという方が正確かもしれない。

大学を中退し、エンターテイメントの世界に片足を突っ込み始めた時からずっと、「脚本で食えなきゃいけないんだ!でなきゃ失敗なんだ!」と強く自分い言い聞かせてきた。

  • 脚本が売れる→脚本執筆で生計を立てる(脚本家)
  • 脚本が売れない→アルバイト生活+脚本執筆

こんな図式。

つまり、不確実すぎる「脚本を売る」という行為が継続的に達成できない限り(つまり、脚本家になれない限り)、永遠にアルバイト生活から抜けれない。

この状態は、あまり精神的によくない。
よくありがちな売れない芸人物語に近い感じがある。

生きるか死ぬかみたいでちょっぴりカッコイイし、どこかこんな生き方に憧れた時代もあったけど、あまりにギャンブルすぎる。
僕は別の道を模索し始めた。

で、ここにきてブログに出会った。

脚本が売れない→アルバイト生活+脚本執筆

脚本が売れない→ブログ(生活費を稼ぐ)+脚本執筆

にできれば、書く時間も長くなるし、いいんじゃねーの?って感じ。

脚本は長期戦だ。

売れる売れないに関わらず、ずっと書き続けていきたい。
バイトとおさらばして時間を作る、その準備を始める。

まぁ、ブログで収益を上げるのはかなり難しいけど、今のところ最も可能性が高いと思う。
バイトするぐらいなら書く時間を伸ばせる方が良さそうだし。

なんだか取り留めのない話になってしまったけど、まとめると、

1、脚本の修正を再開するよー!
2、「ジョーカー」の脚本、英語で読めないけど何だか凄そうだよん!
3、ブログでサッサとバイト代ぐらいは稼ぎまーす!

以上。

では、素敵な1日を。

ps.冒頭の写真は去年、映画「ジョーカー」を観に行った日