生き方を再定義する

時間のやりくりが上手く出来ていなくて、寝不足の毎日が続いている。

昨日も朝4時前まで作業をしていた。

どれだけ遅く起きていても、不思議と朝は目が覚める。

起きた瞬間こそ眠いが、仕事に向かう途中で眠気は消え、夜もあまり眠くならない。

今も仕事帰りの電車でこの日記を書いてる。

コロナの感染が拡大して以降、これから先、生き方を再定義する必要がある、と感じるようになった。

今現在、生活費にかかるお金の大部分は派遣社員の仕事に依存している。

つまり、何が起ころうと出社しないと生活が止まるという状況である。

テレワーク化が進んだことで、朝の通勤電車はかなり空いたが、とはいえ東京である。

人も多いし、感染リスクは常にある。

今後、どこかのタイミングで感染が落ち着いたとしても、また将来的にどのような事態が起きる可能性があるのか、全くもって予測出来ない。

数ヶ月前に今日の状況を予測していなかったのと同じ。

だが、予測出来ないなりにも備えておくことは出来るんじゃないかと考えはじめ、“生き方の再定義”について思いを巡らせ始めた。

生活はしなきゃいけない。

でも、自粛も必要。

これは、正直、かなりシビアだ。

生活と自粛。

ある意味、相反するこの2つを同時に行わなきゃいけなくて、その矛盾が多くの企業や個人事業主を苦しめているのは事実としてある。

僕自身、「生き方の再定義」を以下のように定めた。

どのような環境下でも仕事ができ、なおかつ、生活に必要なお金がキチンと確保できる状態。

その環境作りのための手段に、僕はブログを選んだ。

だから最近は日記だけじゃなく、本格的なブログ記事も書き始めた。

文章を書くのは好きだし、少しではあるもののブログ収益が立ち始めた今、僕にとって最もその環境を作れる可能性があるのはブログだと思った。

もちろん、希望的観測を差っ引いた上でのリアルな肌感。

当然、そのためには時間も必要なので、無理はせずとも、なるべく毎日サボらずにブログを書き続けようと思っている。

誰かのために何かをするにも、自分に余裕がないと、なかなか難しかったりする。

今回のコロナの件で、ほんの少額ではあるけれど、医療従事者の方々への寄付や、お世話になった飲食店への支援をさせていただいた。

だが現実問題として、今後ずっと支援を継続できるだけの力は今の僕は持ち合わせていないし、その瞬間、少しでも誰かが助かるならそれに越したことはないが、包括的に支援を広げていくためには、「持続可能な仕組み」を作る必要がある。

個人が考えるべき部分もあるだろうし、社会の一員として考えるべき部分もある。

一気には難しいから、僕はまず自分の自立的な環境を作ることに専念する。

その上で、自分に余裕が出てきた時に、継続的に誰かの役に立てればいいなと、そう思っている。