あと20時間しかないかもしれない

先日のブログで、高校時代の同級生とオンライン飲み会をした旨を書いた。

コチラ

お酒を片手に約2時間、思い出話と近況報告で盛り上がる。

それ以来、「大人になることの意味」についてずっと考えていて、個人的には大切な内容だと思うので、今日のブログで少しだけ触れておくことにした。

前回、同じメンバーで飲んだのは大阪難波の居酒屋で、当時の僕らは27歳前後。

今回のオンライン飲み会までに、約5年の歳月が流れたことになる。

5年。
5年である。

オンライン飲み会の翌日は再会の余韻に浸りながら楽しくブログを書いていたんだけど、投稿を終えてしばらくすると次第にソワソワしてきて、ふと、「生きている間に、あとどれくらい会えるんだろうか…?」と思い始め、ザックリと計算してみることにした。

あくまで、特定の条件下でのみ有効な計算なので、正確性には欠けるんだけれど、なんとなくイメージを共有したいので書いてみると、

前回会ってから今回会うまでの期間が5年間で、実際に話した(会った)のは2時間なので、仮にあと50年生きるとした場合、このままのペースを維持すると、生きている間に会えるのは、ザックリあと「約20時間」ということになる。

20時間。
あと50年生きたとして、たったの20時間である。

高校時代なんて、朝8時ぐらいに登校して、授業を受け、昼休みはサッカーバカになって、放課後に恋愛トーク。
そんなこんなしていると、あっという間に18時。

これを2日繰り返せば20時間。
つまり、この2日間と同じ時間しかないことを意味している。

計算し、ひとりぼんやりそんなことを考えていると、なんだか無性に切なくなった。

「また会おうぜ」
「オッケー!」
「ういっす、ほな!」

なんてやり取りで電話を切ったけど、このやり取りをただ感覚的に捉えるだけじゃなくて、こうして具体的な数字で置き換えてみた時に、「大人になる」ということの意味が少し見えてきた。

もちろん、人によって「大人になることの意味」は違う。

誰かにとっては、責任ある仕事を任されることかもしれないし、マイホームを持つことかもしれない。あるいは、家族が増えることかもしれないし、疲れやすくなった自分自身を自覚したり、ビールを飲みすぎてお腹が出てくることかもしれない。

でも、今の僕にとっては、

この先の人生でたった20時間しか会えないかもしれないという事実を受け入れていくこと、それが大人になることの意味、その一端なのかな、と思い始めた。

それを踏まえ、これから先どのように生きていくか、、、

パソコンに向き合いながら、そんなことを考えている。