取り留めなき走り書き

今よりももう少しカオスな時代があった。

当時の僕は、今より若くて、勢いがあって、そして何も考えていなかった。息を吸っているだけで変化していく周りの状況にリアクションしているだけで、ただただ楽しかったのである。

夢を語り、熱くなり、時にぶつかり合い、新しい出会いがあった。

数年経って、僕自身はあまり変わっていないものの、周囲の環境は大きく変わった。

まず、ほとんど人と会わなくなった。


テレワーク全っ只中ということもあるけど、20代の頃と比べて、誰かに会いたい!という強い衝動のようなものはほとんどなくなった。会いたくない、というわけではない。会いたいという衝動を感じなくなってきたということ。とくにここ最近は、それが顕著だ。本当に限られた人としか会っていない。もちろん、人並みに会いたいという気持ちはある。あくまで昔と比べてということだ。

自宅でひとり、仕事をして、ブログを書いて、作業をして…

そんな日々の繰り返し。

でも、じゃあ、今がツマラナイか?と言えば、そんなこともない。

寂しがりやだが、一人の時間は好きだ。
単独行動も好きだし、みんなが右に行くときに、左に行くことにも抵抗はない。

なんだか、取り留めのない内容になっているが、何だか残しておくべき感覚のような気がして、こうしてブログに書いている。

物語を書く人間として、「オレはこう生きる!」と決めてしまうほどつまらないものはないと思っている。

生き方を定めてしまってはダメなのだ。自分と違う人に共感できなくなる。人生が前に進むかもしれないけど、その場で足踏みする人の気持ちを忘れてしまってはいけないのだ。自分の感性を研ぎ澄ませつつ、とはいえ、それに縛られてもいけない。

相反する2つのものを両方飲み込む必要がある。

ひとり静かな部屋でパソコンを打つ日もあれば、夜の街で正体不明になる日もなくてはいけないし、強烈に勉強しながら、強烈に遊ばなくてはいけない。

大学時代にもっと勉強しておけばよかったという人は多い。

僕もそうだし、これまで数えきれないほどその言葉を聞いてきた。

当時は遊んでばかりで全く勉強してなかったから…もっと遊ばずに勉強しておけばよかったと思う、と。

たしかに、そうだよな…

と思いつつ、メチャクチャ遊びながら、同時に勉強しておけばよかったとも思う。

二択ではなく、両方取れることもある。両方取れる部分は両方取れるよう頑張ってみてもいいんじゃないか?

……なんて、そんなことを考えながら。。。今日が終わりそうだ。

じゃ、またね!