日記「言葉は悪いがあえて言わせてもらう。クソつまらない!」

数行書き進めた日記を消して、また最初から書き始めた。漠然と書きたい内容が見え始めた段階ですぐに書き始めるようにしているけれど、あまりにも酷い場合は書き直すこともある。その判断基準は自分の直感に従うことにしている。時に、感覚的に物事を捉えることも大切なのだ。ここ最近は長めの日記を書くようになった。文字数としてはどれくらいだろう、たぶん平均すると1500字前後ぐらいだと思う。原稿用紙でいえば3〜4枚といったところか。よくもまぁ、そんなに毎日書いているよな、とも思うけど、書くことでしか整理できないこともあるし、書くことでしか文章は上手くならないと思っている。余程才能がある人や天才は別だが、残念ながら僕はそういうタイプではない。唯一の才能?と言えば、なんだかんだ弱音を吐きながらも毎日続けるところかもしれない。自分のことは自分が一番よくわかっている。一度サボり始めるとトコトンさぼるタイプでもあるので、この日記だけはなんとか続けなきゃいけない。そう、諦めも悪いのだ。だが、先日、結構心が折れかけた出来事があった。そうそう! そのことを日記に書こうと思っていたのに、すっかり忘れていた! 今日はその出来事について書くことにする。

某日深夜、脚本を書こうとして、ふと、去年書き上げた脚本のことを思い出した。いつぞやのブログで書いたので日頃から読んでくださっている方は知っているかもしれないが、シナリオコンクールにて落選した映画のオリジナル脚本である。以降、どうするわけでもなく、しばらくパソコンの中に脚本を眠らせておいた。落選したという事実に感情だけで反応するのはナンセンスだし、客観的に捉えることが出来ないと次に繋がることもない。個人的には思い入れのある大切な物語でもあったので、一旦、冷却期間を設けていたのだ。その脚本を読み直してみることにした。

結論、クソつまらなかった。言葉は悪いがあえて言わせてもらう。「クソ」つまらない! なんなら途中で読むのを辞めてしまった程だ。自分にとって大切な感覚、物語を、これ程までに酷く仕上げ、それをヨシとしていた自分に腹が立ち、深夜の部屋でひとり暴れた後、強烈な虚しさが襲ってきた。今思い返しても怒りが込み上げてくる。「なにやっとんじゃ、テメーは!」、ってな感じだ。落選して当然、こんな脚本がよしとされれば日本は終わりである。書くために費やした2年近い時間を思い出してまたヘコんだ。こんな時、「前を向いて生きよう」的なプラス思考はマジで無駄で、前をみたところで闇と絶望しかない。別に暗い話をしているわけでも、愚痴っているわけでもなくて、冷静にリアルを書いている。手元の酷すぎる脚本をどうにかしなきゃいけない、とそう思った。唯一の救いは、物語の世界観やテーマは個人的には悪いと思っていないという点。何が悪いかって圧倒的に技量が足りない。技術不足。もし、もう一つ救いがあるとすれば、自分の実力のなさは認めることが出来るということ。もちろん認めたくはないが、そこに目をつむるほど愚かでもない。かつて、ハリウッドの脚本家が言っていた。「書くことは、書き直すことだ」と。そうだ、そうじゃないか! 書くことは、書き直すことだ! 一流の脚本家でも苦しんでいるのに、僕だけがそんな簡単にコトが進むはずはない。気が遠くなるほど自分と向き合って、下手さを認め、謙虚に腕を磨かなきゃいけない。そう、謙虚に腕を磨くんだ。どうやって? 書くしかないじゃないか。そう思った。一応、そんなこともあって、こうして長めの文章を書いているのです。日記と脚本は違うけどね。でも、書かないよりはマシでしょう。てな、感じで、皆さん、素敵な週末をお過ごしください。

March 18,2020

Just gotta do it.