日記「これから先、何を考え、どう生きて行くべきか?」

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仕事が始まって1時間ぐらい経ったころ、志村けんさんが亡くなったというニュースが飛び込んできた。新型コロナウイルスで入院されているということは聞いていたが、まさか・・・と、言葉を失うことになる。もちろん直接お会いしたことはないし、テレビの中の存在だったけれど、なんだろう、今でも上手く言葉に出来ないし、ショックを受けた。新型コロナウイルスの感染が拡大しているとはいえ、心の中ではどこか別の世界のことように感じる部分もあった。それが今回、志村さんが亡くなったことで一気に現実味を帯びることになる。決して他人事ではない、そう改めて強く感じることになった。

知らせを聞いて以降、どこかぼんやりした頭を抱えたまま仕事をしていた。それとは対照的に、様々な想いが胸の内側を駆け巡る。途中、トイレ休憩に立った時、ビルの吹き抜けの奥に広がる海と、その奥にレインボーブリッジ、そしてフジテレビが目に入った。その瞬間、少しだけ冷静になったような気がした。ただ悲しんでいてはいけない、ただショックを受けているだけではいけない、と。いまいちど、自分の中で今回のコロナウイルスの感染拡大を通して、整理できる部分は整理しておこうと思った。

午後からは、仕事で手を動かしながら、頭の中では、「これから先、何を考え、どう生きて行くべきか?」と考えていた。日頃、なんとなくぼんやり考えていることも多いし、その曖昧な部分を改めて整理しておくべきだと思った。身近なところで言えば、マスクの着用についても正直、肩が凝るし、果ては頭が痛くなるので、嫌だなぁ、と思っていたけれど、自分の身を守るだけじゃなくて、周囲の人を守ることにも繋がる。当然、頭ではわかっていても本当に心の深い部分で理解していたかと考えると微妙だ。日々、大勢の人達とすれ違う。自分達にも大切な人が居るように、目の前の見知らぬ人にも大切な人は居る。綺麗事ではなく、それは事実だ。見知らぬ人に自分の全てを投げ出して献身的にはなれないけど、少なからず、この人にも誰か大切な人が居るのかもしれない、と想像力を働かせれば不毛な争いはしなくて済む。今こそ一丸となって冷静にならなきゃいけない。感情だけが先行しすぎると、結果的に良い方向に進むイメージは出来ない。

関東では先週末、外出自粛要請が出た。まだ観れていないので詳細はわからないが、先程、小池都知事の会見もあった。外出自粛になれば飲食店などお客さんが来て成り立つ商売は厳しい現実に直面する。大変な思いをされているお店の方はたくさんいるはずだ。だが、人が集まれば感染のリスクがあるという現実も無視出来ない。正義はどこにあるのか、とても難しい問題である。当然、お金の話にも発展するし、次第に矛先は政治家に向く。果てはお店が倒産して自殺する人が出たらどうするんだ? という話になる。これらの議論は必要だが、本当に冷静な状況下でその話し合いが出来ているのかは、正直、微妙な部分もある。Twitterでは、著名人が舌戦を繰り広げ、それに群がるように人々が自分の意見を言う。中には建設的な意見もあるだろう。だが、ただ感情に任せた言葉もあるはずだ。それは本当に解決したいからの言葉なのか、あるいは感情に任せてただ吐き出しているのか、その部分は改めて各々が考えていかなきゃいけない。余計な混乱を招く可能性もある。僕だって、今この日記を書きながら、結構迷っている部分はある。それぞれの人には、それぞれの役割がある。芸能人や著名人はそもそも影響力が莫大だから、エッジの効いた意見を放つと、それが良い悪いは別として、みんなが考える種をまくことになる。だが、みんながみんな真似が出来ることではない。往々にして、それらは感情を刺激することで拡散をうむので、薬にもなれば劇薬にもなる。つまり扱い方が大事になる危険物ということだ。だからこそ、僕らが言葉を使う時は、一旦、冷静になる必要がある。各々、大切なものがある。感情的になって大切なことを見落としてはいけない。命より優先すべきものがあるだろうか? 僕には、あるようには思えない。

それにしても、志村さん、寂しいなぁ。。。

March 30,2020
I give my deepest sympathies.