手放す勇気の重要性とは?【日々のタスク/ルーティンも見直そう】

「日々のタスクが多くて、何かを手放したいんだけど、いざ手放そうとすると勇気が出ない」

「手放していいものと、ダメなものの見分け方とかがあったりするのかな?」

という方に向けて、この記事を書きました。

本記事では以下の内容を解説します。

  • 手放す勇気の重要性とは?【日々のタスク/ルーティンも見直す】
  • 手放す勇気を発揮するときの判断基準【手放すものの見分け方】

こんにちは、杉本です。

何か新しいことを始めようとしても、仕事や家事が忙しくて、あまり時間的な余裕がなかったりすることってありますよね?

無理にタスクを詰め込んで、気合いで乗り越えるのもアリだとは思いますが、現実的には何かを手放した方がスムーズです。

とはいえ、何かを手放すって、案外勇気がいります。

僕自身、つい最近、約2年間書き続けていたブログ日記の更新をいったん手放しました。

思い入れはあったので寂しい気持ちはあったのですが、手放すべきだと判断ました。
勇気が必要でした。

その経験を通して僕なりに学んだこと、気づいたことをシェアします。

何かしら参考になればうれしいです。

手放す勇気の重要性とは?【日々のタスク/ルーティンも見直す】

結論、新しいことをやろうとすれば、何かを手放すことが重要。

理由は下記です。

  • 詰め込むとパンクする
  • 惰性での継続に気づけない
  • 手放すことで、優先すべき本質が見える

1つずつ見ていきます。

詰め込むとパンクする

あまりやることを詰め込むとパンクします。
とくに、時間的にも体力的にも余裕がないとなおさらです。

人のキャパシティには、ある程度限界があります。
可処分時間をこえて何かをするのは基本無理です。

仮に1日に3時間、自由に使える時間があったとして、そこに6時間かかる何かを入れるのは不可能ですよね?
シンプルに考えるとそういうことです。

無理やり力技が使えるかもですが、しばらくすると思考停止でバテるか睡眠不足でバテます。

僕自身、一時期ADをやっていたことがあるのですが、パンクしました。

もちろん、要領がよくて、体力に自信がある人もいるでしょうが、長い目で見るとどこかでパンクする可能性があります。

詰め込むとパンクする。
だから、何かを手放すことが重要なのです。

惰性での継続に気づけない

あと、手放さずに色々抱えていると、惰性での継続に気づけないことも起こります。

作業量が限界に近づく中で、なんとか無理くり継続しようとするので思考が停止してしまうわけですね。
柔軟性もなくなり、惰性なのに「自分は頑張ってる!」と、勘違いを起こしかねません。

最近、よく耳にする「ルーティン」もその一つになる可能性があります。

ルーティンの良さは、毎日決まった行動をとることでリズムをつけたりすることですが、気をつけないと無駄なものをずっと続けるはめになったりします。
日々のリズムや継続は大事にしつつ、新陳代謝が不可欠。

このあたりが上手くいかないと、フラストレーションが溜まります。

今回、例に出したルーティンついては、「日課だからこそ意味がある」のすが、同時に、「これって本当に必要かな?」という視点をなくすと、結局のところ惰性になるので注意が必要です。

新陳代謝で、惰性での継続とおさらば。

そのためには、手放す勇気が重要です。

》関連記事:【注意】継続は力なり、されど落とし穴あり【経験談から語る】

優先すべき本質が見える

手放す勇気を持ち、実際に手放すことで、優先すべき本質が見えてきます。
時間的な余裕ができるからですね。

しかも、手放す前はあれほどまでに渋っていたものが、いざ手放してみると自分が思っていたほど重要ではなかったことに気づいたりします。
ちょっぴり寂しくもありますが、それが現実です。

僕の話ばかりで申し訳ないですが、ブログ日記の更新をやめたときは寂しさと、少しの怖さがありました。
2年の継続、思い入れもありました。

実際に、手放してみて起きた変化は次のようなものです。

  • 1時間、可処分時間が生まれた
  • その時間を別のこと(脚本の執筆、ブログ記事の執筆)に使うことができた
  • 迷いが減り、集中力が増す
  • 休息の時間が増える

まだまだありますが、ザッとこんな感じ。

時間が生まれたことで、心にも余裕が生まれました。

執筆関係も、脚本、ブログ記事、ブログ日記と色々やっていましたが、ブログ日記を中断したことで比重を残りの2つに集中できるようになりました。
力が分散していたものが、より優先順位の高い2つに移ったわけです。

手放す勇気を持ち、きちんと実行すること。
そうすれば、優先すべき本質が見えてくるはずです。

手放す勇気を発揮するときの判断基準【手放すものの見分け方】

ここまで手放す勇気の重要性について書きましたが、なんでもかんでも手放せばいいわけでもありません。

結論、判断基準は人によって違います。
それぞれ価値観によって、大切なものは違いますよね?

とはいえ、参考程度にはなると思うので、僕なりの判断基準を解説します。
参考事例という位置付けでどうぞ。

やり直しができるか?

1つ目の判断基準は、「やり直しができるか?」です。
やり直しさえできれば、たとえ手放して間違えても元に戻せばいいので、手放す怖さが緩和できます。

ブログ日記は、また書こうと思えば書けます。
つまり、やり直しができるので手放したわけです。

逆に、一度手放すとやり直しが非常に難しいものについては、かなり慎重になります。

たとえば、人間関係などはその1つかもです。
なので、簡単に関係性を切ったりはしません。

「手放す勇気とか言いつつ保険をかけてるじゃん!」と思われるかもですね。
たしかに保険はかけています。

しかし、それでいいと思っていて、あくまで度胸試しではないので、手放す勇気を発揮すればOKという単純な話ではありません。
勇気を出して、手放した先にあるもの、ここが大事なのです。

本質を追いかけましょう。

なので、手放した結果、間違っていれば、再びやり直すかもしれません。

やり直しができるか?

僕は、非常に大切なポイントだと思います。

自分だけで完結できるか?

「自分だけで完結できるか?」も判断基準の1つです。

自分一人の中で自己完結するものであれば、何かを手放しても、誰かに迷惑をかけることもありません。
ゼロではないかもですが、限りなくゼロのはず。

たとえば、僕がブログ日記を中断したことで、日々、楽しみに読んでくれていた人達には申し訳ない気持ちがありますが、とはいえ、何か不利益を与えることはありません。

金銭が絡んだ契約があるわけでもありません。
あくまで僕が勝手にブログを作って、勝手にブログ日記を書いていたにすぎません。

だからこそ、思い入れも強ければ、今回のように手放すこともできるのです。
もちろん、寂しさはありますが、、、またいつか書けばいいので。

自分だけで完結できるか?

これは僕にとって重要であり、何かを手放すときの判断基準です。

この記事は以上です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。