他人との比較は疲れるね、ったく

テレワークが始まってから、あと数日で2ヶ月が経つ。

食材を買いに出かけたり、時々、外に出る以外はほとんど自宅に籠っていて、いつの間にやら髭を剃ることすら面倒になって、完全にオジサン化。

ここ最近は1時間という決まった時間でブログを書いていたんだけれど、今日はちょっぴり無視をしようかと思っている。

とはいえ、ダラダラ書くつもりはないし、いつもより短くなるかもしれない。

たまにはこんな日があってもいいかなぁという程度の考えで、とくに深い意味はない。

さて。

時間に追われることなくパソコンに向かってみると、自然と自分の心と対峙することになる。

何か伝えたいこと、書きたいことがあるというよりは、書くという行為を通して自分自身のまだ見ぬ部分に触れたい……そんな感覚に近い。

「文章」という、ある意味で永遠に極めることができないであろう対象とともに人生を歩むことを選択したことは、ひょっとしたら幸せなことなのかもしれない。

長い長い時間をかけて、自分なりの言葉、文体、リズムを体得したいと思っている。

ゴールの存在しない旅だ。

YouTubeなど、動画全盛の時代に、あえて文字を紡ぎ続けるのも悪くない。

それに、文字と向き合うことで少しばかり心が落ち着く自分がいる。

ネットニュースやSNSなど、大量の情報に簡単にアクセスできるようになったことで便利になった反面、他人との比較に苦しむことが増えた。

きっと僕だけじゃなくて、そんな人は多いんじゃないだろうか?

他人との比較。

これは本当に疲れるし、容易に自分自身を見失うことになる。

もちろん、人によって合う合わないがあるので一概には言えないけど、僕はけっこう疲れてしまうタイプのようだ。

基本的にはインスタグラムを使わなくなってしまったのは、そのへんの理由がある。

誰かがインスタグラムについて、こんなことを言っていたのを思い出す。

「皆、実際よりも良い人生を送っているように見える」

なるほど、な言葉である。

ようするに、フェイクな要素が多く含まれているということで、それを割り切って楽しめる人はいいんだろうけど、確実に向かない人もいる。

僕よりもさらに若い世代はもっと大変だろうなぁ、と思いつつ、お節介をしても仕方ないので、頑張ってもらうことにしよう。

表面的な部分だけでは、本当の姿を見極めることが難しくなってきた。

ちなみに、

冒頭の写真だって、自然体の僕ではない。

数枚撮った中でもっとも写りのいいのを使っているし、おまけにちょっぴり加工もしている。

……なに? そんなのわかってるって?

そうか、そうか、なるほど。

でも、

実はこの直前にトイレでケツが切れて、激痛をこらえながら写真を撮っていることには気付かないだろう?

「皆、実際よりも良い人生を送っているように見える」

しみるぜぇ、いろんな意味で。

本当に誰が幸せで、誰が悩んでるなんかわからない。

難しい世の中だなぁ、ったく。

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