書くのがしんどくなってきた

月曜日。20時15分。

珍しくパソコンに向かって、ブログの文章を書き始めた。普段は主にスマホである。僕という同一の人間が書く文章であることに変わりはないので、スマホで書こうがパソコンで書こうがそれ程内容に差が出るとは思わないが、何だかちょっとした「変化」を自分の中に感じたくなって、あえてパソコンで書き始めた。

目の前は白い壁である。まだ20代前半だった頃は、部屋の壁にポスターやら手書きのメモなんかを貼り付けては、それっぽい空間を演出しようとしていた。だが、今は皆無だ。邪魔でしかない。と、感じるようになった。あるいは、そう感じようとしているのか。良くも悪くも周囲からの影響を受けやすいタイプだと思う。それが、人であったり、環境であったり、目に入るものであったり。対象こそ様々だが、確実にそんな一面を持ち合わせている。真面目だと解釈することも出来なくは無いが、僕はそれを自分の「弱さ」だと捉えていて、ある程度、客観的に自覚しているつもりだ。だから、今この瞬間も白い壁に向かって文章を書いている。何かしら余計なものが入り込んでこないように。入ってきたが最期、影響を受ける可能性が高くなる。時々、パソコンでブログを書くのも悪くないような気がしてきた。スマホで書くと、どうしてもスクロールしなきゃいけなくなる。全体像を俯瞰で見ることは出来ない。だが、パソコンだとそれが可能だ。この文章はワードで書いている。それをコピペして後でブログとして投稿する。

正直に告白すれば、最近、ブログを書くのがしんどくなってきた。「何を書こうか」と迷うこともあれば、酷い時には何も思い浮かばないこともある。毎日更新を謳って書き始めた手前、これはなかなか辛い。けれど、「書きたい時にだけ書く」というスタンスは選ばない。ことブログに関しては。なぜなら、絶対にラクな方に自分は流れるだろうと思っているからであり、多分ほとんど更新しなくなる。勿論、こうして文章を書くのは好きだ。そこに嘘はない。だが、たとえ好きでも辛いときは辛い。毎日更新は辞めない。毎日更新を辞めるぐらいならブログを辞める。そういう気持ちだし、要するに何を重要視するかという問題にも繋がってくる。愚痴を吐いているわけでも、悲観的になっているわけでもなく、心の内側にある正直な感情を書いている。「書くのがしんどくなってきた」と。個人的には自分を鼓舞するためのプラス思考な言葉に意味は感じない。むしろ、どこか嫌悪感すらある。皆んな自分の事ばかり。僕も含めて。辛さを感じるのはある意味当然でもある。なぜなら、飾ることなく、なるべく正直に自分の内側を、もっと言うならば「自分自身」を書こうとしているからだ。書き始めた頃とは、明らかに違う。あまりふざけなくなったし、可能な限り自分の言葉で書こうとしている。誰かの真似をすることはもう辞める。少なくとも今の僕は、真似ることに、自分以外の誰かの人生を生きることに意味を見出せなくなった。書き始めた頃から読んでくれている人がいることはちゃんと知っている。感謝もしている。だが、読んでくれている人のために書いているという意識はほとんどない。自分のエゴをただ叩きつけている。ただそれだけに過ぎない。同時に、そうでなきゃならないような気もするし、そうありたいとも感じる。結果的にエンターテイメント性も随分と失ってしまったような気がする。だが、安易でラクな方向へと流れることだけは避けようと思う。自分の言葉で語らなきゃ意味がない。毎日時間をかけてブログを書く意味がない。今後も変化していくと思う。どう変化するかはわからない。でもそれでいい。自分がそこに滲み出てさえいれば。