読者のリアルな声

昨日のブログで使った写真を使い回している。

ちなみに、この写真には「嘘」がある。

実は寝ていない。
寝たフリである。
この写真はタイマーを使って自撮りしたものだ。

日頃ブログを書く上で、ふざけた内容を書く時は別だが、基本的には内容に「嘘」がないように気を付けている。
綺麗事も同じだ。
なので、このブログに書いていることは概ね「杉本の本音」であると捉えてもらって構わない。

さて、
その上で今日のブログの本題に入る。

昨夜、久々に友人と会ってお酒を飲み、結局場所を変えて朝の4時頃まで飲み続けた。
途中、別の友達が会いに来てくれたり、人生の先輩と色々話したり。
充実した時間だった。

僕がこうして毎日ブログを書いているのを認識してくれていて、「感想」であったり「アドバイス」を貰ったりした。
正直なところ、「自分が書きたい内容」あるいは「書こう!」と思ったことを書いているに過ぎないので、どうしても客観的な視点で自分のブログを見つめることは難しい。

褒めていただいた部分もそれなりにあったと記憶しているが(酔っていたので完全に勘違いかも)、それなりに辛辣な意見も貰った。

「そもそも読まない」
「面白くない」
「ふざけているブログも全然、笑えない」
「“頑張っている感”を押し付けるな」

まあ、他にも色々あるが、ザッとこんな感じである。

「ショックか?」と問われると、ダメージがゼロではないが、「いちいちダメージを受けていたら書けなくなる」というのが本心だ。
別に「人格」を否定されているわけじゃない。
あくまで感想である。

地元の親友にすら「俺は、達哉という人間を知ってるからブログは読むけど、でも別に毎日読もうとは思わない」と言われている。
これが現実でもある。

勿論、「感想」を伝えてくれることは本当に嬉しくて(これマジよ!)、毎日こうして文章を書いていて一番辛い瞬間は“誰からも何のリアクションもない時”なので、例えどのような意見であれ、一旦はキチンと受け入れるようにしている。
まあ、もう少し若い頃は「うるせーよ!」ってな時もあったし、実際に失礼な態度を取ってしまったこともある。
んでもって怒られた。

正直なところ、「押し付けている感」は僕の中では全くなくて、「あくまで、今、僕はこういう状況ですよー!」というのを書いているに過ぎない。
ぶっちゃけ、みんな自分の好きなように生きれば良いと思っている。

ただ、これが「読者のリアルな声」だということも理解しなきゃいけない。

「発売する!」と宣言した書籍は宙ぶらりんで、「完成させる!」と言った脚本は未完成だ。
要するに、何の約束も果たせていないので、余計にそう感じさせてしまっているのかもしれない。
「いやいや、嘘つきやん!」と言われたとしても何も言えない立場にあるのもまた事実だ。

ただ一つ。
僕の中で、どうしても“引っかかったこと”があったので訊いてみた。

「そもそも押し付けてはいないけど、もし仮に僕がブログで“頑張っている感”を押し付けていたとして、それが何か害を与えるものなのか?」

答えは、

「害はない」というものだった。

「じゃあ、別によくね?」

とも思ったのだが、最終的には納得の出来る解釈へと自分自身で落とし込むことが出来なかった。
難しい問題である。

あまり長くなってもあれなので、そろそろまとめにかかる。

色々な意見をいただいたし、中にはちょっぴり辛辣なものもあったが前提として「みんな応援してくれている」という事実がある。
これは本当に嬉しいし、感謝している。
その想いに何一つ応えることが出来ていない現状が歯がゆくもあるが、これは自分の問題なのでしっかりと向き合うことにする。

同時に、色々な意見をいただいた中で、改めて感じたのは「全ての人の理解を得ることは出来ない」というものだ。

これについては語り出すと長くなるので、今日のところはやめる。
これからも周囲の意見はちゃんと聞くし、参考にさせていただく。

その上で、最終的には全て自分のやりたいようにやる。

それが応援してくれる人に対する僕なりの誠意だ。

ではみなさん、素敵なゴールデンウィークを!

【note】
深夜の東京で脚本を書く31歳のフリーター(杉本達哉)が、『アカデミー脚本賞』なる、現在地からどんでもなく遠いところにある「夢」を掴む為に奮闘する日々の記録。

杉本達哉の書斎

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