記憶とは不思議なもので、ひょんなキッカケで鮮明に立ち上がってくる。

20時12分。

アルバイトを終えて帰宅し「そろそろブログでも書くか!」とパソコンの前に座ったはいいものの、出だしの文章が思い浮かばす、とりあえず現在時刻を書いてみた。

ブログを書き終えた後は、執筆中の脚本の修正に取り掛かるつもりなので、テキトーにブログを書いても良いのだが、根が真面目だからだろうか、「それなりにちゃんと書きたい」という衝動に駆られている。

内容の良し悪しに関わらず、
毎日こうしてブログを書いていると「ヤベー、たのすうぃ〜!」と完全に自己満でウハウハしていることもあれば、「書くことがねぇ……もしかして俺って暇人なの?」と突然辛くなることもある。

正直に言えば、無名男(ボクの事ね!)が書くブログなんぞ、ぶっちゃけ現時点では『価値』は無いと思っている。
勿論、ゼロだとは思っていないし、僕にとっては一定の価値はあるものの、読者にとってはほぼ無い。

むしろ、読んでくれている人には感謝している。
僕なら読まない。

ありがとうございます。

いつの日か、このブログに価値が出ることがあるとすれば、僕が一流の脚本家になった時ではなかろうか?

名の知れた名作を生み出す脚本家のブログならきっと価値はある。
僕なら読む。

加えて、無名の、まだ誰にも知られていない時期からコツコツと書きためていればいるほど、更に価値はあるのではないだろうか。

だからこそ毎日更新。
これは絶対だ。
(※時々、寝落ちて翌日にまとめて投稿することがある)

それに、書いたものが毎日積み重なってくると、ちょっとした楽しみが生まれてくる。

本当はここから書く内容が『本日の本題』のつもりだった。
サッサとブログを切り上げ、脚本に着手するつもりが、無駄に長い前置きを書いてしまった。

サクッと本題へ入る。

実はこのブログ以上に長い期間、毎日、『日記』を書いている。
手書きでシコシコ。

今日の午後、ふと、「1年前の今日って何をしてたのかな?」と思った。

いてもたってもいられず、帰ってきて早速昔の日記を引っ張り出す。

1年前の今日は、池袋に探検に行き、昭和な蕎麦屋で昼食を食べ、夜に大雨に遭遇したと書いてある。

記憶とは不思議なもので、普段は特別思い出すことがなくても、ひょんなキッカケで鮮明に立ち上がってくる。
池袋の記憶もそうだ。
鮮明に思い出した。

ちなみに、
日記は2016年3月6日から今日まで1日たりとも欠かしていないので、同じように2017年9月17日と2016年9月17日の日記も読んでみる。

両日ともきちんと覚えていた。

ある種の感動がある。
何だか心地良いし、シンプルに楽しい。

やっぱり『過去を振り返ること』は、
僕にとって、物語(脚本)を書く上でも、人生を生きていく上でも、なくてはならないもの。

改めてそう感じさせられた。

さて。

この後、脚本を書いて、日付が変わる頃に本日分の日記を書く。

ペンでノートに手書きだし、疲れている時は「面倒だなぁ〜」と感じることもあるけど、なるべく丁寧に詳細に書く。
その方が、数年後に読み返した時に、より今日を思い出す事が出来る。

丁寧に書けよ、オレ!