職務質問

「お兄さん、何してはるの?」
「…へ?」
思わず声が漏れた。昨夜25時頃、人気のない深夜の東京で2人組の男性に突如声をかけられた。
「急にしゃがみはるからね」
「何してはんのかなと思って声かけさせてもらったんです」

警察官だった。すぐ近くにパトカーが停まっている。道にしゃがんでいた僕は職務質問を受けた。パトカーの存在に全く気付かなかった。体格のいい二人の警察官が僕に近付いてくる。「そこに何かあるの?」と、一人の警察官が草むらを覗き込んだ。その気配に驚いたのか一匹の猫が飛び出した。近所に住むイカスミである。

僕はイカスミを撫でようと地面にしゃがんで草むらを覗き込んでいたのだ。まさにその瞬間を警察官に見られた。なんとタイミングが悪い。警察官曰く、前を歩いていた僕が瞬時に視界から消えたらしい。なるほど、なるほど。ちなみに、イカスミという名前は僕が勝手に名付けた。なぜかやたらと懐かれているので、時々、様子を見に行ってはスキンシップをはかっている。そんな関係性である。僕を含め、大の男が三人も近くにいるもんだからイカスミは驚いて近くの家の敷地に逃げ込んで行った。歳を重ねているせいか、動きは早くない。テクテク、ノロノロ、ノロノロ、テクテク。そんなイカスミを見て、警察官は「猫でしたか」と笑った。よかった、よかったというふうに。確かに街の治安を守る警察官からすれば、僕が不審者じゃなくて、ただ猫と遊んでいるだけの男でよかったのだろう。僕が逆の立場でもきっと似たようなことを思う。けれど、僕としてはちょっぴり複雑な気分だった。イカスミと遊ぶ貴重な時間がなくなったのだ。勿論、警察官も仕事なので職務質問に対して文句を言うつもりはない。けれど、完全に僕側の都合だけで言えば、もうすぐこの街から引越してしまうから、その瞬間その瞬間が大切だったりする。イカスミとは待ち合わせや次に会う約束は出来ない。言葉が通じないから。そういうもんだ。警察官が悪いとか、そいう話じゃない。深夜の道端にしゃがんでいた僕が悪いのかもしれない。もしくは誰も悪くないのかもしれない。一日経って改めて思うのは、何気ない日常の行動の裏には、他人には計り得ない各々の事情がある可能性があるということ。まさか警察官は僕が引越すことは知らないだろうし、引越す前になるべくイカスミに「ありがとう」を伝えておきたいと思っているとは知らないだろう。ただ単に猫好きの男が猫と戯れているだけだと思っているかもしれない。当然、僕も然りで、警察官には警察官の事情があるんだろう。まあイカスミよ、おどかしてスマンよ。今日もこの後、24時頃からトンカツを食べに行く。コインランドリーも寄るから少し遅くなるだろうけど、またまたイカスミを見に行ってみる。今日は職務質問を受けませんように。

January 20,2020
After work,I walked from the office to Shinjuku to go to the dentist.