直感を信じなかった時に起きがちなこと

どちらかと言えば「直感」を信じるタイプだと思う。これは昔からだ。今の時代は情報が溢れているので、あらゆる場面で迷いが生じ易い。その迷いは、時として個人の直感を全て覆い尽くしてしまう力さえ持っている。ぼく自身、これまでそれを何度も経験してきた。直感では「A」が正しいと思っているが、周囲の意見や情報、あるいは自分自身の中に積み重なった価値観は「B」が正しいと言っている。この時、強い意志を持ち、自分の直感に従って純粋な意味で「A」を選べるかどうかが、一つ問題となる。個人的には、「A」を純粋な意味で選べる人は想像しているよりも多くないんじゃないか、と思っている。冒頭に書いたように、ぼくは比較的直感を信じるタイプではあるけれど、これまで「A」以外の選択肢を選んだこともある。それも一度や二度じゃない。何をもって正しいと言うかは非常に難しい問題ではあるけれど、あくまでぼく個人のケースで言えば、「A」以外の選択肢(つまり直感以外)を選んだ時に、自身の判断を「良かった」と思えた記憶はほとんど無い。後悔の念が湧き上がってくるし、結果的に「A」を選び直すこともある。

久しぶりに映画「ココ・アヴァン・シャネル」を観た。何度か繰り返し観た映画で、ふとした瞬間に観返したくなる映画の一つだ。タイトルからも想像出来る通り、ココ・シャネルの伝記映画である。これまで、ブログでも何度か書いた通り、最近は海外の映画を観る時に字幕をつけていない。英語の勉強を開始したことも理由のひとつではあるが、もう一つ、その映画の世界観にドップリ浸かりたいという理由がある。普通に生活していれば出会わない可能性が高い人々や、世界や日常に限りなく溶け込みたい、とそう思う。字幕を目で追うのではなく、なるべくそのままの世界を、そのままの空気感で感じたい。

だが、映画「ココ・アヴァン・シャネル」に関しては一つ問題があった。フランス映画なので、会話がフランス語なのだ。ぼくのフランス語の知識はほぼゼロ。ボンジュールしか知らないし、そもそもボンジュールの意味も正確にはわかっていない。なんならボンジュールが本当にフランス語なのかも怪しいと思い始めているレベルだ。まあ、でも、フランス語で観てみよう、と思った。が、直後、ぼくが勉強を始めたのは英語だし、今回に関しては字幕をつけて観てもいいんじゃないか、と思った。なにせ、もう一度言うが、フランス語なのだ。英語さえほとんど理解出来ていないのに、フランス語なんて理解出来るわけがない。つまり、直感では「フランス語で観よう」と思ったのに、後から「いや、やっぱり字幕をつけよう」と思ったのだ。日本語の字幕をつけた。

結論、冒頭部分を観た段階で字幕を外し、フランス語だけで観ることにした。直感のAに戻したのだ。もちろん、会話の部分はほとんど何を言っているのわからない。厳密には、ぼくは何度か観ている映画なのでなんとなくわかるものの、もし初見なら絶対にわからなかった。でも、それで良かったと思う。細かいストーリーの内容はわからなかったけれど、シャネルが生きていた当時のフランスの世界観に触れることが出来たし、ありきたりな表現だけれど、世界は広いなぁ、と自分なりに感じることができた。自分なりに。そう自分なりにが大切だと、今、強くそう思う。ブログを書きながら、色々と書きたいことが湧き上がってきたけど、あまり長々と書いたところで、また明日も来るので、今日はこの辺で終わることにする。明日も素敵な日でありますように。ぼくにとって、そして皆さんにとっても。