現実味を帯びてきた「引越し」とイカスミとの友情

午後から埼玉県に行ってきた。目的は先日からちょくちょくブログで書いている物件探しである。数日前に東京八王子周辺でも探したのだが、条件に合う物件が無くてあえなく撃沈。「こうなったら埼玉県に住むことも視野に入れよう」と思い至り、早速、武蔵浦和の不動産屋に行ってきた。八王子では3物件の内見をし、今日は4物件をチェック。結論、一つ良い感じのマンションを見つけた。部屋も綺麗だし、個人的には申し分ない。明日、申込書を書いて、今現在のアパートの管理会社に解約に関する諸々を確認し、その間に審査の結果を待つことになりそうだ。年末ギリギリの申し込み。特に問題なくOKが出ることを祈りたい。無事に決まれば埼玉県民である。

少しばかり家賃は上がるものの、生活環境は良くなるし、自炊もするつもりなので健康面も改善されるに違いない。さすがに2年近く毎日外食は飽きた。最寄駅から自宅までの距離も許容範囲内だし、都心にもそれなりに早く出ることが出来る。おまけに今のアパートにはほとんど荷物が無いので引越業者を呼ぶ必要もない。切り詰めるべきところは切り詰める。日々の生活コストも見直しが必要だし、今回はその良きタイミングなのかもしれない。

だが、ひとつ気がかりなこともある。今のアパートの近くに住んでいる野良猫(?)の「イカスミ」のことだ。寒いからか、最近姿を見かける機会は減ったが、イカスミとぼくの友情はかれこれ1年以上続いている。なぜか懐かれているのだ。一度もご飯をあげた事はないのにも関わらず。屋根の上で寝ていても、名前を呼べば(勝手に「おーい、イカスミー!」と呼んでいる)降りて来て撫でさせてくれることもある。どうやら、ぼくは猫に好かれるタイプの人間らしい。ご飯に関しては、たしかに「お腹、空いてないかな?」と心配になることもある。だが先日、見知らぬおばちゃんから大量のご飯をもらっているイカスミを見た。雰囲気を見る限り、継続的にもらっているようだし、食べ物にはあまり困っていないようだ。良かった。空腹の辛さはぼくもわかる。ぼくは人間だから買うこともできるけどイカスミは買えない。そう考えると大変だろうなと思う。だから心配になるのだ。道路を渡る時は、周囲の様子をうかがってイカスミなりに気をつけているようだけど、動きがパタパタと遅いので、車には気をつけて欲しい。ドライバーもイカスミにはくれぐれも気をつけて欲しい。お願いします。

あれだけ「引越したい」と思っていたのに、実際に引越しが現実味を帯びてくると、どこか寂しい気持ちがある。イカスミの事も勿論そうだし、同時に、上京後の思い出が詰まった場所を離れるという事に対して。ほんの些細な日常的な事に対して感傷的になったりする。何だか、今この瞬間が、とてつもなくかけがえのない時間に感じる。これまで、2年程の間に気づかなかったものが、ぼくに何かを訴えかけくる。寂しい寂しいと言うのは男らしくないとも感じるけれど、寂しいのだから仕方ない。でも寂しさを感じることが出来る人間で良かったとも思う。まあ、これだけ感傷的に書いていて、申し込みの審査に落ちたら今のアパートに継続して住む事が決定するし、それはそれで何だか格好悪いので今日はこれぐらいにしようと思う。さてと、今日はイカスミ居るかな。帰り道に確認してみよう。