物語を作る一人の人間として「想像力」は永遠に失いたくないし、優しくありたい。

頭の中で物語を想像して、それを「脚本」という形にまとめていると、当たり前ですが、手が止まることなんて数えきれないぐらいあります。

登場人物が次に何をするかわからなくなったり、セリフが上手く書けなかったり、声に出して読んでみるとなんだかリズムが悪かったりと、数えだすとそれこそ本当にキリがありません。完成しないまま実家のどこかに眠ったままの脚本もいくつかあります。

結局のところ、「完成させること」が大事なのですが、その過程ではなかなかタフなことが待っています。ずっと書いていると突然、自分の中から声が聞こえてきます。

「面白くないよ?書き直した方が良いんじゃない?」

 

この言葉とは適度な距離感を保つ必要があって、完全に無視すると独りよがりの脚本になってしまうし、聴きすぎても永遠に脚本は完成しません。

(※執筆開始から1年が経過した杉本氏渾身の映画脚本「(仮)Voice  From New  York」は第4稿目にして完全にストップしています……誰か助けて)

どこでどう折り合いをつけるか。そこに書き手の性格が現れ、人間性が浮き彫りになってきます。

文字を大量に書くためにブログを始めた


本音を告白すれば、これは半分正しくて、半分間違っています。

ブログは広告収入に依存しているので、「収益性」という観点は除外することは出来ません。僕も大学を辞めてからも自分の夢を追う過程でずっとバイトをしてきたし、ぶっちゃけ「ブログで稼げたらバイトしなくて済むよなぁ〜」なんて考えがあったことも事実です。もしかすると「そんな動機は不純だ!!」と否定的な人が出てくるかもしれません。確かに一理あるでしょう。

ですが、そんな動機だけで日々書き続けられるほど、「文章を書く」という行為は甘くないというのもまた事実です。

ここだけの話、僕のブログには先月の後半(20日ぐらい?)からグーグルの広告が設置できるようになり、その収益はぶっちゃけ10日間で「65円」ほど。

65円ですよ?

65円。

もちろん、今後、伸びていく可能性は当然ありますし、他にも収益性を高める方法はありますが、現状のスタンスを維持すれば仮に1ヶ月続けたとしても200円前後。友達と語るために深夜に集合して、「寒いから缶コーヒーでも飲まねぇ?」ってなったらハイ終了です。缶コーヒー2本で1ヶ月の収益は吹っ飛びます。

「なのにさぁ、毎日書いてて偉くね?」ってことではまったくなくて、自分にとってちゃんとした動機がないと継続すること自体がそもそも難しいということです。

ここで、タイトルへと戻りますが、僕は文字を大量に書くためにブログを始めました。これも本当です。

芸能人やタレントであれば、アメブロのオフィシャルか何かで「嬉しかった!テヘペロ(o^^o)」でOKかもしれませんが、僕のような無名な人間がそれをしてしまうと「は?」で終了します。というより、そもそも誰の目にもとまらない可能性が高い。それだけは避けたいし、芸能人のように別の分野で何か貢献出来ているわけでもなく、なおかつ「文字を書く」「物語を作る」ことを仕事にしようとしている以上は、王道を進むしかないと思っていますし、そうありたいと思っています。だから比較的、文字ベースで「量」を意識しているつもりですし、今後そのスタンスをどんどん確立していきます。

ただ、当然、上には上がいますから現状では「えっ、てか、杉本のブログ文字数、少なくね?」って思っている人もたくさんいるかもしれないので、その辺は徐々に書くなかでスキルとスピードを上げ、最終的には全員ぶっちぎってやろうと思っています。杉本の「殴り書き奮闘記」にご期待を。いつか、それすらもエンタメになればいいな。

待ってろ、「情熱大陸」と「プロフェッショナル」!

もちろん人間的に未熟な部分もたくさんありますし、弱さもガッツリ兼ね備えていますので、「アカデミー賞最優秀脚本賞」を早い段階で獲っちゃって、「先生!」なんて呼ばれた日には、ヘラヘラと「嬉しかった!テヘペロ(o^^o)」なんてブログに書いてる可能性も否めないので、そこは皆様の協力のもと、目を光らせていただけると幸いです。

アカデミー賞を獲った後も、ずっと「書くこと」「物語を語る」ことに関しては、真摯でありたいと思います。

 

……また少々、話がそれてしまいましたが、

要するに(何が要するにか不明ですが)、冒頭でもお伝えしたように、脚本を書く作業においては、手が止まることなんて日常茶飯事で、大事なのはその時に、しっかりと最初に立ち返りながら、物語を想像する時間をしっかり取ることです。当然ながら、「量」という観点だけで考えると、どうしても文字数は少なくなってしまいます。

昔から「量」と「質」、どっちが大事か?みたいな話がずっとありますが、特に初心者の場合は、どっちも大事だと思っていて、脚本を書くという行為において「量」を確保するのが難しい以上、それをカバーするためにブログを始めたといったところです。

とはいえ、ブログの質を軽視しているわけではないですよ。あくまで、ブログにおいては、どちらかと言えば「質」より「量」を重視しているという話です。

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Have a nice Friday.

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この写真の意味ですか?

まったくありません。ちょいと腕が疲れたので箸休めです。ヤベ、ハイボールが飲みたい。火曜日の早朝なのに……w

いつも過去に立ち返る


日々に疲れたり、自分を見失いそうになったら、いつも15歳の頃の自分を思い出します。

細かいことは本日は割愛させていただきます。

近いうちに、先日書き上げた「本」をネット上で「無料公開」させていただきますので、お時間ある方はそちらで読んでいただけると嬉しく思います。

ちなみに本の宣伝でも(あ……ちょっとその要素はある)、もったいぶっているわけでもなくて、今現在12月4日火曜日の午前05時27分で、リアルに語り出すと、バイトをすっ飛ばして夜になっちゃうので、それだけは避けようと思っています。

どうやら、寝る時間は無さそうですね。

 

ちなみにあともう少しだけ……

僕が頻繁に「過去」を振り返るように、脚本を書く上で、物語が書けなくなったり、登場人物が曖昧になったりすると、必ず彼ら、彼女らの過去へと立ち返ります。どんな学生時代を送ったのか?青春時代は?ファーストキスは?異性との関係性は?幼少期は?家族との関係性は?etc……

もちろん、物語には登場しない側面に関してもしっかりと考えます。その目に見えない部分が、登場人物を形作っているのは明白な事実なので。僕とあなたが違う人間であるように、登場人物は全員異なります。ただ、僕という人間から生まれてくる以上、僕がそこに手を抜くと、人物像が重なってしまいリアリティが欠如します。それだけはなんとしても避けなければなりません。

どこまでさかのぼればいいのか?

最終的に行き着く先は、その人物が生まれる瞬間です。

母親から生まれてくるまさにその瞬間。

周囲には家族の笑顔、喜びがあるのでしょう。その瞬間、生まれてくる子供は誰よりも無力で、それでいて純粋だと思います。そこには一点の曇りも存在しえない。

誰しも、誰かにとっての特別な存在。

そんなかけがえのない存在で世界が形成されている。

街を見渡せば他人ばかりだけれど、でもその他人は、誰かにとっての特別な人。

そこへの想像力は死ぬ瞬間まで忘れたくない。

心の底からそう思うし可能な限り人に優しくありたい。なかなか難しいけど。

 

何気なく繰り返される日常は、毎日が誰かの誕生日。

 

昨日も、明日も、そして今日も。

誰かにとって特別な人の誕生日。

 

12月4日に生まれた全ての人たちへ。

お誕生日、おめでとうございます!

 

心から。

 

同じ時代に生まれ、同じ時代に生き…………

おっと!そろそろバイトに行く時間になっちゃいました!w

では今日はこの辺で。

 

本日も最後までお読みいただきましてありがとうございました。

今日もお互い頑張りましょう!

 

4件のコメント

  1. 質と量…
    どちらも大事。
    絵をずっと描いてきて同じ事を感じてました。
    ものを作るということはなんでも一緒なんやね!

  2. コメントありがとうございます。

    「絵を描く」ことも「脚本を書く」ことも共通点は色々とありそうですね。
    僕はあまり器用な人間ではないので先に「質」を求めてもあまり上手くいくイメージがなくて……笑
    なので、まずは「量」をしっかり書こうかなと思っています。

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