深夜のやよい軒で『真似ることで得たこと』について考えてみた

昨夜。

映画を観て脚本を書く前に腹ごしらえをしようと深夜のやよい軒へ。時刻は確か25時前後。それなりに人混みが苦手ということもあり、皆が寝静まった時間に行くことが多い。

ご飯を待つ間に少しばかり物思いに耽っていたので、今日のブログではその時考えたことについて書こうと思う。

理論立てて何らかの対象について思考したわけではなく、なんとなくぼーっとしながら浸っていたに過ぎないので取り留めのない話題になるかもしれないが、良ければ。

日頃こうして毎日飽きずにブログを書いているけど、書くだけじゃなくて中には他の人が書いたブログで読むものもある。

毎日チェックするものから数日に一度まで様々だけど合計3人のブログを読んでいる。

全員、著名人。

ちなみにSNSはほとんど見なくなった。ゼロではないがほぼゼロ。このブログも元々はFacebookでシェアをしていたがそれも辞めてしまった。この辺の詳しい理由については『すげー真面目な話』になってしまうので、今日は触れない。また機会があればその時にでも。

意識的にある程度の情報を閉ざすことやSNSの利用を辞めてしまうことに対してはそれなりに怖くもあったし、表現者(僕が表現者なのかはさておいて)としての幅が狭まってしまうのではないか?と考えたりもした。

確かにそういった面はあるだろう。

しかしブログを書いたり時々LINEをチェックしたりする時以外、ほとんどスマホを触らなくなって自分と向き合う時間が格段に増えた。ちょっぴり嫌になるぐらい。

自分が「凄い!」と思う人の文章を真似てみたり、考え方を研究したり、特に技術的な部分は貪欲に学んでパクってやろうと思ったけれど、結局それを続けていくと表現の幅は広がるかもしれないけど、同時に自分の内側と向き合う時間は格段に減るし、そもそも僕は何をやりたかったんだっけ?と、そこすらも見失うことになった。

勿論、これらは僕の経験則なので全ての人がそうなるわけではないと思う。

真似ることで得たものは技術的な向上ではなくて、“自分との違いの再認識”。

今の時代は簡単に情報にアクセス出来るし、社会的に成功した人や実績ある人の考えに触れることが出来る。「学ぼう!」という意欲が強い人は情報に接する時間も長いだろうし、また触れたいと思うはずだ。僕とてダラダラと脚本を書いてはいるものの少しばかり向上心は持ち合わせているので色々調べたり「こんな時はどうするんだろぉ?」と参考にすることも多かった。

いつの間にか『小手先人間』になっていたような気がする。

本質はどこなんだ?

オマエは何を求めてるんだ?

脚本。

これに尽きる。

執筆に長い長い時間がかかっているけど、まずは脚本に集中して最後のまとめにかかろうと思う。

時々、「書籍はどうなってんの?」と訊かれる時がある。実は無名男の自伝を書いてる。現在修正中の原稿が手元にある。もうなるべく守れない約束、発言はしたくないので今の段階で「こうします!」「いついつまでに出します!」と書くことは避けるが、無かったことにするつもりはないし色々と仕切り直さなきゃいけないこともある。

まず脚本。脚本。脚本である。

途中から書きながら熱くなってきて随分話が脱線した。こんな内容をご飯を待ちながらずっと考えていたわけではない。ちょこっと真面目な内容を考え、あとは「腹減ったなぁ」と一人考えていたに過ぎない。

てな感じでそろそろ終わろかと。まあ、お互いちょっぴり頑張りましょう。