案外、隙間時間の多さに気づいたから、ちょっと考えてみるか!

 

最近、暇があればツイッターを眺めている。

 

ちょっとした時間にサクッと文章を作って投稿する。

個人的にはフェイスブックやインスタグラムより相性が良い。

元々、SNSは得意ではないし、時代に逆行するようであれだけど、結構アナログ人間だ。

 

僕のことを少しだけ。

普段はブログを書いたり、映画用のオリジナル脚本を執筆している31歳の男だ。

 

ツイッターは訓練の一環で始めた。

自分の思考、感情を短い言葉で言語化する。

やってみると案外難しい。

自分の「書きたいイメージ」「実際書いた文章」が一致しない。

日本語の難しさを痛感すると同時に、もっと上手く表現出来るようになりたいと燃えてくる。長い時間ダラダラやるのは好きじゃないので、あえてサクッと文章を構成して投稿する。

 

ツイッターをやっていて、あることに気づいた。

日常は案外、隙間時間で溢れているということ。

中学時代、野球部の顧問の先生に言われた言葉を思いだした。

 

まとまった時間がないと何も出来ないと思っていたら本当に何も出来ない。

 

まさに!

 

とはいえ、あまり偏った考えに陥るのも良くない。

徹底的に無駄を省き、少しの隙間時間は「必ず」有効活用すべきという意見、風潮だ。

この「必ず」という表現がミソだ。

 

電車や飛行機の移動中に窓の外を眺める行為に対して無駄という表現が使われたことには驚いた。

正直、僕はこのような意見は嫌いだし、偏っていると思う。

 

「窓の外を眺める=無駄」

 

この短絡的な思考回路が一体何を生み出すというのか?

 

窓の外を眺めて何かを思案したり、自分自身を見つめる時間にあてているのかもしれない。

自然を眺めることで気分転換になっているのかもしれない。

 

要は自分が「無駄」だと感じても他人にその価値観を押し付けるべきではない。

 

安易に「無駄」という言葉を連呼し、極端な価値観で周囲を煽る。

そこに相手に対するリスペクトは感じられない。

 

例え、古いと言われても構わない。

 

隙間時間を使うことに関しても義務化する必要はない。

個人的には有効活用した方が良いとは思うが、他の人がそれを望んでいるとは限らない。

「何かしてみようかなぁ」って思う人はトライすれば良いし、逆に何もしたくない人は何もしなくても良いと思う。

個人の自由で誰にとやかく言われる問題でもない。

 

今回、隙間時間というテーマで書いた。

ストイックでマッチョな意見を期待していた人には物足りなかったかもしれない。

 

「案外、隙間時間の多さに気づいたから、みんなも何かやってみても良いかもね」ってことを伝えたかったにすぎない。

途中、話が脱線してしまったことは許してほしい。

少々、熱くなってしまった。

 

窮屈は疲れるよ。

それぞれ、好きに生きれば良い。

 

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