東京でタイタニック号に乗った感覚 by 杉本達哉

遠くを見つめる自称ハンサム氏。

休日はもっぱら自宅で脚本やブログを書いてることが多いけど、たまに息抜きで出掛けることもある。

物語を書いたことがある人ならわかると思うけど、
物語を書く上で、ある意味最も難しいのは『物語を書くこと』で、要するにナンジャカンジャ言って書かない理由を探して、結局のところ書かないという事態が往々にして発生する。

やらなきゃいけないことがあるのに、いざ取り組もうとしたら部屋の掃除をしたくなったり、爪を切りたくなったりするアレ。
皆さんも経験があるんじゃないかな?
「何が何でも書くぞ!」と机に噛り付いた場合、集中力が続く限り書くことは出来るけど、外からの情報が入って来なくなるので想像力がマンネリ化する。
その辺のバランスは正直かなり難しい。

僕の場合、
一人でずっと考えてると、思考がとんでもない方向に暴走してる時があるので、極力息抜きを兼ねて出掛けるようにする。

先日、吉祥寺にある井の頭恩賜公園に行ってきた。
休日ということもあって多くの人で賑わっていた。
大道芸を見たり、アヒルボートに乗ったり、散歩をしたり。

僕は公園を散策してたんだけど、ふと、バイオリンの音色が聴こえて足をとめた。

映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』やジブリ映画の主題歌など、かつて誰もが一度は耳にしたことがあるだろう曲が公園に響いている。
多くの人が足を止め、演奏に聴き入っていた。
僕も3曲ほど聴いた。

普段、バイオリンを生で聴く機会もないし、どこか映画の世界にワープしたような感覚に陥る。
目の前はご覧のように公園なんだけど、僕にはまるで「タイタニック号」の船内に見えたヨ。

音楽でも絵画でも映画でも、
あらゆるアートには人の心を打つ要素があって、その「普遍性」が何なのか、今のところ正直全くわからないんだけど、少なくとも「アート」と呼ばれる領域に携わる以上は、ちゃんと向き合って考えていきたい。
僕の場合は、音楽ではなく『物語』と『文章』で。

日頃、note『杉本達哉の書斎』で書いてる文章の最後に、

“気が向けば「投げ銭」していただけると嬉しいです。 向かなければ全然オッケーです(*^^*)”

という一文を入れている。

普段、僕も「投げ銭してください」とお願いしてる以上、演奏をしている方に対してちゃんと「投げ銭をするべきだ」と感じて、少額ではあるけど、サポートをさせていただいた。

「自分のことだけを考えていないか?」

これは、常に自分自身に問いかけなきゃいけない。
人は打算的で利己的な部分がたくさんある。
僕もそうだ。
でも、せめてそのことから目を背けたくはないし、向き合い続ける人でありたい。

ちょっぴり真面目に着地してしまった。
あまり長々書いてもアレなので今日はこの辺で。

明日もお互い頑張りましょう!

(よければSNSでシェアしてね☆エゴサーチをしてみたい(*^^*))

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。