本質を見失っている

久しぶりにブログの更新をすっ飛ばした。

理由はシンプル。
寝ていたのである。

現在、日付が変わって深夜の1時15分。
一応、『毎日更新』を謳っているので、投稿をすっ飛ばした時点でアウトはアウトなのだが、
僕が言う『毎日更新』とは“更新回数”をものさしに考えていて、
1日1回、つまり、『1年で365回更新していればオッケー』としている。

毎日コツコツと1回ずつ更新しても良いし、
364日サボり続け、1日で365回更新してもオッケー、つまり『毎日更新』なのだ。

そう。
完全に本質を見失っているのである。

自己満足以外のなにものでもないが、とにかく『続けること』が大切だと考えているので、無理やり論理をこねくりまわして、自分を納得させているというわけだ。

この部分については色々な考え方や意見があるだろうが、あくまで“僕は”ということである。

世の中で、『英会話』と『ダイエット』が高確率で失敗する最も大きな要因の一つは、『途中でやめてしまうから』であり、つまるところ、ある一定の成果を得ようと思えば、『続ける』というシンプルな行為を、どれだけ徹底できるか、これに尽きるじゃなかろうかと思っている。

一日サボったとしても、たしかに影響は少ないかもしれないが、「お前はダメだねぇ」と無意識的に自分を責めてしまうことになる。

もう一度言うが、あくまで僕の話だ。

「継続こそ善!」などと言うつもりは微塵もないし、みんな好き勝手に生きればいい。
心からそう思っている。

長い人生だ。

時に、寝てしまって(起きれなくて)、ブログをすっ飛ばしてしまうこともある。
物は考えようで、「終わった……」と思うか、「いやいや、翌日に2回更新すればオッケーっしょ!」と考えるかで、この先の展開が大きく変わってくる。

僕は後者だ。
本質を見失っていることは百も承知だ。

でも、いいじゃないか。
結果的に続けることができるなら。
たとえ自己満足でも、それで自分の自分の人生がちょっぴり楽しくなるなら。

「アカデミー脚本賞を獲ったらやめる!」

そう決めて、このブログを書き始めた。
その考えは今でも変わっていないし、実際に受賞したらやめる。

でも、受賞しなかったら?

考えると、ちょっぴり怖くなるが、永遠に書くことになる。
これは自分とのルールだ。

なもんで、数年単位、いや、数十年単位の戦いになることは間違いないし、
まだまだ序章も序章。
オープニングもいいとこなのである。

これから先も、絶対に「ヤベ……寝てた」てなことはあるだろう。
あるに決まっている。
だって眠いもの。
まあ、その都度、だましだまし自分を納得させながら、またパソコンに向かうことにする。

ゴールが見えない、長い長い旅も悪くない。
僕らは旅の途中だ。

これからも更新を続けるので、よければお付き合いくださいな。