日記『追い出されるように夜の銀座を歩きながら』

連日締切に追われるようにこの日記を書いていた。気持ちも焦るし、空回りするし、おまけに内容もイマイチな感じがして、これじゃあ、いかん! てなことで、今日は早めの時間に書き始めた。ちなみに、今は仕事帰りの電車である・・・と、言うつもりが、つい3分程前に電車を降りた。突如、車内でむせてしまい、隣に座っていた女性が露骨にビクッ!、となったので、なんだか気分が悪くて、一旦降りることにした。今は、銀座一丁目駅のホームで休憩中である。コロナウイルスでナーバスになる気持ちもわかるけれど、そんなに露骨に態度に出さなくても、と思わずにいられない。時々、周囲を気にせず咳をする人もいるけど、控えめに言って、僕はそこまで厚かましくはないし、ちょっとむせただけだ。もしかすると、突然車内で体調を崩す人が居るかもしれない。コロナではなく、何かしら別の持病などで。その時も、あの女性は同じような態度を取るのだろうか? 理由は諸々あるのかもしれないけど、もし、そうだとするとなんだか悲しい。せっかく気分良く日記を書き始めたのに、何かが途切れてしまった。いけない、いけない。気持ちを切り替えなくては。

そんな時、どうすればいいのか。スマホを手にしばらく考えて、これも何かの縁だ、と思い駅の外に出てみることにした。何もかもが高そうなお店が並ぶ夜の銀座をしばらく歩いてみる。心なしか人が少ないような気がするけど、単なる僕の勘違いかもしれない。普段、銀座に来ることはほとんど無いけれど、時々、足を運ぶと2年以上前の記憶が蘇る。まだ上京する前の記憶。これまでも何度かブログに書いてきたけど、2017年の12月に夜行バスに乗って東京に出てきた。大きな目的は2つあって、一つ目は気合いを入れるため、各テレビ局を見て回るというもので、もう一つは坂本龍一さんのドキュメンタリー映画を観るため。あの日、銀座の空は曇っていた。地下のマクドナルドで100円のホットコーヒーを啜りながら、大阪と500キロ離れてるのかぁ、なんて考えながらこの先始まろうとしている東京生活に想いを馳せていた。東京は、僕にとってはかつて一度逃げ出した街だ。これから始まろうとしている生活に希望も抱いていたけど、それを上回る不安を常に感じていた。当時はどこかビクビクしていたけど、今となってはかけがえのない日々だったんだな、と思える。瞬間瞬間の大切さは皮肉にもその瞬間に感じることは難しい。いつも、そこには時間差がある。あの頃と何か変わったのだろうか? ただ、慣れただけなんじゃないのか? 銀座の街を歩きながらそんな疑問が頭をもたげてくる。初心を思い出すことは大切だ。もしかすると、不安を感じるぐらいが丁度いいのかもしれない。一度きりの人生、どのように生きるかは自分次第だ。

March 18,2020

I got off the train on the way.