日記「9年前、東日本大震災の日の記憶」

今朝、家の中に小さな虹を見つけた。風呂場のすぐ横。玄関の覗き穴から入ってきた光が屈折の関係だろうか、美しい光を投げかけていた。

僕は9年前の朝の記憶を思い出していた。9年前の今日、東日本大震災が起きた。今でもその日の朝の記憶はよく覚えている。僕はいつもと違う日常の中に居た。早朝、仕事の前に車を走らせ友人と合流し、買ったばかりの一眼レフカメラを手にプロモーションビデオを撮影しようとしていた。わざわざ友人にスーツを着てもらって公園で撮影。当時の映像は今でも実家の机の中に眠っている。大阪はよく晴れた朝だったと記憶している。

撮影を終えた後、僕は仕事へと向かった。大阪の日本橋にあるオフィスで仕事をする。仕事柄もあってか、お昼頃、芸人さんが会社にやってきた。普段テレビで観る方を前に、本物だぁ、なんて思っていた記憶がある。

午後、突如、下から突き上げられるような衝撃を感じた。大阪に居てもその衝撃は感じた。どうやら地震らしい、ということはわかったけれど、まさかそれほどまでに大きな地震が東日本を襲っているとは夢にも思っていなかった。しばらくして、東京の事業所から連絡が来て、かなり激しく揺れたと聞いた。予想をはるかにこえた自然災害が日本を襲っている、その事実をなんとなく夕方頃から理解し始めた。

夜、仕事が終わった後は撮影の続きを控えていた。別の友人と合流し、撮影場所である工場へと車で向かう。騒つく心を鎮めるかのように、とにかく今はやるべきことをやろう、と自分に言い聞かせていたような気がする。心の奥底で何か得体の知れない不安感を感じていた。次第に津波というワードが聞こえ始め、犠牲者の方々に触れるニュースも耳に入り始めた。だが、車内から見る大阪の街はいつも通りで、特に大きな混乱や動揺は見られない。あくまで僕の目にはそのように見えた。そのいつも通りの感じが余計に僕の不安を煽った。

それから9年の間、ニュースで何度も何度も東日本大震災に触れてきた。2年前、関東に引越してからは、当時、東北で被災した人たちとも知り合ったし、どこか想像上の出来事としてしか感じられなかったあの大地震が、少しずつではあるけど自分ごととして感じることが出来るようになってきた。勿論、彼らが経験した恐怖や喪失感をすべて感じることは出来ないけれど、僕自身、阪神淡路大震災を経験しているのでほんの少し思いを通わせることは出来るんじゃないだろうか、と思っている。いつかまた必ず大地震はやってくる。あの日の出来事、記憶は風化させちゃいけない。

March 11,2020

I don’t want to forget that day.