日記「脳内批評家をちょっとの間、黙らせたい」

時間に急かされるようにしてパソコンの前に座り、この日記を書き始めた。時刻は22時55分。あと1時間で日付が変わる。一応、それより前に書き終えなきゃいけない。時間の使い方が下手なのかもしれないな、と思い始めた。特にダラダラもしていないし、仕事から帰宅してから最低限のことしかしていないのに、もうこんな時間になってしまった。今日やるべきことがまだほとんど終わっていない。大変だ。とりわけ僕の頭を悩ませているのは、この日記に載せる写真で、最近あまり写真を撮らなくなったので、毎日どうしようか?、と悩んでいる。どうでもいいと言えばどうでもいいし、大問題だと思えば大問題だ。要するに考え方ということなのだろうか?

やばい、23時08分、一向に文章が進まない。日記なので、こんな日もある。スランプぶるつもりはないが、何も考えずにスイスイ書ける日もあれば、今日みたいな日もある。一体、調子が良い日と悪い日では、どこがどう違うのだろうか? 1つ思い浮かぶのは、今日みたいな書けない日は、脳内批評家が勝手に内容の良し悪しを猛スピードで判断してくる(実際に書く前にである)。「そんな内容じゃ駄目だ!」「つまんねー!」という具合に。見方を変えれば、客観的に良し悪しを判断しているとも考えられるが、そんなことがずっと続くと心が萎えてくる。たかがブログじゃないか、と自分なりの抵抗してみても、「たかがブログ? たかが? そんなこと言ってるから、お前は…」と蹴散らされる。僕のブログなんだからどう言おうと勝手じゃないか、と内心は思っているけど、そこは大人として黙っておく。本当は、たかがブログだなんてこれっぽっちも思っていない。まだ生まれたばかりだし、ほとんど読まれていないけれど、僕にとっては大事な大事な自分を表現できる場所なのである。居場所と言ってしまうと大袈裟に聞こえるかもしれないけど、まあ、そんなニュアンスもある。不思議なもので、ずっと書き続けているとそれが当たり前になる。もちろん苦しいことはあるけど、嫌いになることはない。子育てもそんな感じなんだろうか? と、子供の居ない僕はひとり部屋で想像してみる。

こんな長文の、取り留めのない内容の日記をずっと読んでくれている人が居ることは知っているし、本当に感謝している。この日記に面白さを感じてくれているのか、はたまた僕への応援の意味を込めて読んでくれているのか、それはわからないけど、もっともっと、読んで心が踊るような内容を書けるように頑張るつもりだ。もちろん、嘘を書くということではない。まだまだ長い時間がかかるかもしれないけれど、そこに向けての努力は惜しまないし、きちんと僕自身の時間も書くことに捧げるつもりだ。いつの日か、一緒に旅をしているような、そんな感覚を共有出来ればいい。そのためにも、僕なりの視点で世界を切り取りながら、拙いかもしれないけれど、なるべく人の真似をしないように、自分なりの言葉でここに記していきたい。旅をしたいな、旅を・・・なんて考えながら、僕はメチャクチャ現実の中にいる。埼玉は寒いよ。皆さんも風邪とコロナウイルスにご用心を。なんとか書けた! では、また明日。

March 16,2020
Thank you for reading my Second Diary.