日記「東京への大冒険は中学校の購買部から始まる」

しばらくの間、この日記をFacebookでシェアしていなかったんだけど、最近また投稿するようになった。普段、投稿こそするものの基本的にはほとんど見ていない。時々、コメントをくれる友達がいるので、なるべく見落とさないように気をつけてはいるものの、昔のように時間を見つけてはチェックすることはやめた。本当は見たい気持ちもある。でも、どちらかと言えばのめり込み過ぎてしまうタチなので、なるべくうまく距離を取るようにしている。もっと気楽に楽しむことが出来ればいいんだけれど性格だろう、その辺が結構難しかったりする。だが、今日久々に数分間、眺めてみた。懐かしい人達の近況がタイムラインに並んでいて、ここ最近コロナウイルスなど暗めのニュースが多かったので、なんだかホッコリした。いくつかいいねを押したり、中にはコメントさせてもらったものもある。それらの反応は、「あなたのことをみているよ」という意味でもあるし、僕自身、それに支えられることもある。この何気ない日常ばかりを書いたこの日記が誰かの楽しみのなっているかもしれない、と思うと救われることもある。

地元の同級生が仕事で独立したことを知った。中学の同級生で僕の記憶が正しければ卒業以来会っていないので、かれこれ15年以上が経っている。元々、それほど話したり、遊んだりする仲ではなかったけど、久々に懐かしい顔を見て、仕事の昼休みに何だか嬉しくなった。全然変わっていないな、と。東京豊洲の午後から意識は地元の大阪へと飛び、約17年程昔へと遡った。

当時のことでよく覚えていることがある。彼は優秀なタイプで勉強もよくできた、と記憶している。何やらもう一人の同級生とつるんでいることがよくあって、何を話しているんだろう? と聞き耳を立ててみると、どうやら自転車で東京を目指す計画を立てているようだった。率直に、マジ?、と思った。しかもどうやら親には内緒で行くようだ。15歳前後の僕はその大冒険に他人ながらワクワクしていた。次第にもっと話を聞きたくなって、ご飯を食べながらその大計画を聞かせてもらった。僕らが通っていた中学校には体育館の近くに購買部という売店があって、そこでパンやらおにぎりを買うことが出来た。彼は購買部で買うお昼ご飯のお金を空腹を我慢して毎日貯めていた。僕はお腹が空いていたし、食べることが大好きだったので、とてもじゃないけど我慢できないな、なんて思っていた。この辺の記憶は曖昧な部分があるので、僕の記憶違いもあるかもしれないけれど、彼はずっとお金を貯め続けた。最初はどこかで、いやいや、東京を目指すなんて無謀やろ、と思っていたけど、彼の姿を見て本気なんだなと思った。

ただでさえ、中学生だ。今のようにスマホもなかったし、情報も今と比べて非常に限られていた時代に、親にも学校にも内緒で冒険に出ようとしていた彼が羨ましかった。僕には出来ないことだったから。大阪の南港という海に囲まれた町で育って、ただでさえ南港の外に出ることだけでも大冒険なのに、遠く離れた東京を目指そうと日々計画を立て、着実にそこに向かってできることをする姿にちょっぴり尊敬の念すら感じた。彼らの大冒険がどのような結末を迎えたのかは、僕も人から聞いただけだったし、正確なことは今もわからないのでこの辺で終わるが、久々に見たFacebookでそんな胸が高鳴った中学生の日々を思い出した。懐かしい、元気そうでよかった、と思って僕はまた仕事に戻った。