可能な限り本音で書く

「5月病なのかもしれない…」という想いに苛まれている。

「よし、ブログを書こう!」と思い立ってからすでに8時間以上が経過したものの、なんだかヤル気が出なくて、この時間までダラダラ「書こう!」「んー、書けない!」を繰り返してた。

現在、21時すぎである。

別に何かを取り繕うつもりもないし、自分を大きく見せてみたところで、正直、1ミリの得もないので、なるべくリアルな自分を曝け出しているつもりだ。

稀になかなか書けない日もあるし、上手く書けないことなど日常茶飯事である。

あえてマイナス思考な発言をするつもりもないが、“自分の精神を安定させて、より高みを目指す”といったくだらねー利己的な理由で物事をプラスに捻じ曲げて解釈したり、そのためにプラス思考な発言をしたりはしない。

未だ脚本が完成していない僕がエラそーに言えることでないことは重々承知しているが、そんなことをすると物語なんぞマジで書けない。書ける人も居るだろうが、少なくとも僕には無理だ。

何事もスマートに実行して成果を上げたいが、なかなかそうはいかないし、日々様々な葛藤と繰り返し戦っている。

「生き方」や「判断基準」を何かに頼って依存してしまった方がラクだけれど、なるべく自分の頭で考えるようにはしているつもりだ。

勿論、人からの意見やアドバイスもなるべく聞くようにしている。その上で最終的な判断は「自分」で行うし、ここは頑固で、他の人の意見が入る余地はない。

稀に友達や周囲の方々からアドバイスをいただくこともある。ぶっちゃけメチャクチャありがたいし、感謝している。

そこそこ人間性には自信があるので(自分で言っちゃう!)、その意見から何かを学びたいし、今現在、無名である杉本を応援したところでメリットなんぞ何もないにも関わらず気にかけてくれているのは素直に嬉しい。

だが、中には的外れな(と、僕が感じているに過ぎないのだが)アドバイスもある。

例えそうでもちゃんと聞くし、「何か参考になることはないかな?」と考える。

感謝もする。

これは本当だ。

でも、同時に「うるせーな。んなこたぁ、わかってるよ!」とも思っている。

これは別にその人の意見や、その人自身を否定している訳ではない。

僕も人間だから、かなり不完全だし、器が小さい部分もたくさんあると自覚している。

きっと、世の中はそんなことで溢れているに違いないのに、多くの人がうわべの意見、キレイゴトで、何となく生きてるように感じるから、あえてこんな風に本音をぶちまけてみた。

個人的にはなるべくキレイゴトを排除して生きていきたいし、せっかく日々ブログを読んでくれている人がいるので、可能な限り本音で書く。

「5月病なのかもしれない…」の書き出しと何の関連もない結末に着地しそうだが、今日はなんだかダルいので、この辺でやめる。

ここまで読んでくれた人は申し訳ない。

【note】
深夜の東京で脚本を書く杉本達哉が、『アカデミー脚本賞』なる、現在地からどんでもなく遠いところにある「夢」を掴む為に奮闘する日々の記録。

杉本達哉の書斎

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