努力への想像

アルバイトに向かう途中、ふと写真を撮った。

ちゃんと調べた訳ではないけど、恐らく僕が好きなハリウッド映画に出演していた女優さんの広告。

それにしても綺麗だな、スタイルが良いなと。

勿論、“美しさ”は持って生まれた特別な才能かもしれないけど、その一言で片付けるのはあまり好きじゃないし、その一言を使うことで『自分の甘え』に眼をつぶるのは、上手く言えないけどなんだか格好悪い。

これは何もビジュアル(見た目)的な話だけではない。

「ハンサムでなきゃダメ!」

「美人じゃなきゃダメ!」

と、言っているのではないし、当然ながら僕も人間なので見た目の好みはあるものの、でも、最終的には人は中身だと思う。

もっと若い頃は、性欲なる目くらましが強いのでその辺の基準はあやふやかもしれないが、30代に入った今は、はっきりと言える。

美人の性格ブスは嫌いだ。

何やら偉そうに語っているが、僕も「あー今、性格ブスだなぁ」と思うことは度々ある。

僻んでみたり、人様を羨ましく思ったり。

そこに努力がセットであれば、“ハングリー”という言葉で置き換えられるが、たいていの場合は努力不足。

それも圧倒的に努力が不足している。その事実を受け入れるのは怖い。

今回の例で言えば、キレイな女優さんがそのスタイル維持のためにどれほど節制し、どれほど自分の誘惑と戦っているか。

「それだけ高額なギャラがもらえれば僕(私)だって……」

なんていう考えは捨てて、『どれほどの努力量』と向き合っているのか。

そこへの想像が必要なのかもしれない。

つくづく甘いよな、自分。

と、ほぼ毎日自己嫌悪に陥る。

「アカデミー賞を獲る!」なんて口にしても誰一人批判してこない。

それは、「お前には無理だよ」と思われていることと同義だと思っている。それを口にするだけの努力が出来ているとも思っていない。でも口に出して恥ずかしい思いをすることなく物事を成し遂げられるほど、僕は強い人間じゃない。

いつか批判が来て、やっとスタートラインなのかもしれない……

なーんてことを出勤前に考え、昼休みの今、スマホでブログを書いてる。

ちなみに、最近、映画を観るときは『字幕なし』だが、ほとんど意味がわからない。

近道はないね。地道にやる。

そろそろ戻らなきゃ怒られそうな気配が漂ってきたので、終わることにする。

では、またね。

【杉本達哉の書斎】
深夜の東京で脚本を書く杉本達哉が、『アカデミー脚本賞』なる、現在地からどんでもなく遠いところにある「夢」を掴む為に奮闘する日々の記録。

杉本達哉の書斎

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