僕なりに伝えられること

日頃飲まないアサヒスーパードライを朝から飲んだ。

今朝、大切な人が亡くなった知らせを受けた。
地元の友達の父親である。

僕が暗くなるのも違うし、「ブログは毎日書く」と決めたので書く。
それにしてもつくづく写真の僕はふざけた顔をしている。
どういう顔をして撮れば良いのかわからなかった。

毎日ブログを読んでくれている人に感謝はしているが、別に今の気持ちを共有してほしいわけじゃない。
でも、僕なりに伝えられることがあると信じているのでこうして文章を書いている。

ちなみに、現在、新幹線の中である。
新横浜に停車している。
このブログをシェアする頃には名古屋に近付いている頃だろう。

今から、大阪に戻る。

友達の父親のことは「おっちゃん」と呼んでいたので、そのまま「おっちゃん」と書くことにする。
正直に言えばブログに書くことかどうか迷った。

でも、上京する前、おっちゃんと飲む機会があって「頑張ってくる!」と言った手前、頑張らなきゃいけない気がしている。
頑張り方があっているかはわからないけど、もし「今日は書かない」と言うと「いいやん、書けば。達哉の好きにしたらええやん」と言われそうなので書くことにした。

僕から伝えたいことは一つ。

「今日しかない!」と思うのも、時には大切だということ。

おっちゃんとは「飲もう、飲もう」と言いながらずっと約束が果たせていなかった。
家族ぐるみの付き合いをさせてもらっていたし、もはや本当の家族のようだった。

僕が東京に出ることが決まって、バタバタしていた時期にも、「約束を果たせていない」という想いがずっとあった。

正直、
「また東京の生活が落ち着いて、大阪に帰ってきた時に飲めばいいか」とも思った。
でも、どこかそんな風に思ってしまう自分も嫌だった。

急遽、飲む日をセッティングさせてもらった。
東京に出るほんの数日前だったと記憶している。

友達と、友達の兄貴とおっちゃんと僕の4人で鍋を囲んで自宅で飲んだ。

「オレは達哉の考えてることは難しくてよーわからんけど、頑張ったらええんや」

その言葉が今でも残っている。

あれから1年と少し。
結果的に、その日が最後になった。

今、当たり前に目の前に存在している人は、ずっと存在しているとは限らない。
「今この瞬間に全力を」とは言わないが、今この瞬間が最後である可能性は常にある。

それは家族であれ、友達であれ、大切な人であれだ。

ほとんどの人間はそうは思っていない。
まさか今日が最後だと思ったら生きてはいけない。
でも、その可能性は常にある。

「いつか……」と思うことも勿論大切だけど、本当に大切な人には今、想いを伝えた方が良いかもね。
そんなことを考えつつ。

おっちゃん、今、大阪に向かってます!

【note】
深夜の東京で脚本を書く31歳のフリーター(杉本達哉)が、『アカデミー脚本賞』なる、現在地からどんでもなく遠いところにある「夢」を掴む為に奮闘する日々の記録。↓

杉本達哉の書斎

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