世界はわからないことだらけ!

そういえば12月20日のブログを更新していなかったので、本日2度目のブログを書くことにした。現在、20時48分。東京は雨が降っている。そういえば今日は日曜日か。先週で派遣の仕事を一旦辞めたので曜日の感覚が無くなってしまった。今日はすでに英語の勉強をして、海外ドラマも観たので、この後は脚本の作業に取り掛かる。その前に改めてブログを書いておこうと思い、スマホを手に取った。

最近、ブログの文章を所々修正するようになった。これまでは基本的にずっと一筆書き。書き始めたら最後、修正無しで書き進めそのまま投稿する。ずっとそんな感じだった。が、ここに来て部分的に修正を開始した。投稿した後は基本修正しない。あくまで投稿する前の話である。とはいえ完璧な文章に近付けようと思っている訳ではない。毎日のことだ。それほど長い時間、ブログにかけることは出来ない。読み返してみて何となくリズムが悪い部分や、そもそも内容を間違えている場合に修正する。後は誤字脱字に気付いた時。要するに、これまでは「このブログは一筆書きです!」というスタンスだったものを、「まあ、基本的には一筆書きなんすけど、たまーに修正しよう思てますー」的なフワッとしたニュアンスに変更することにした。自分で作ったルールとはいえ、元々は他の人のルールを真似し始めたことがキッカケだし、何だか最近自分と向き合う中で、「もう色々とルールを作るのは(縛られるのは)面倒くさい!」と感じるようになった。別に何でも良いような気がしてきた。自分のやりたいようにやろうよと。そもそも何の為のルールなのか、と問われても上手く説明出来ない。勿論、それとなくは出来る。でも、それが本質的な理由かどうかは正直自分でもわからない。そう、世の中はわからないことだらけなのだ!!答えなんて何一つ無いんじゃないかと思えてくる。唯一、毎日書くというルールだけは曲げるつもりはない。まぁ今回は守れていないけれど。

普段、友達も何人かはブログを読んでくれているようだし、母親なんかも読んでくれているらしい。もっと砕けた、気楽な内容を書く方が良いんじゃないか、楽しんでもらえるんじゃないかと思うこともある。真面目に書けば書くほど、どうしても内容が観念的になるし、どんどん複雑になる。書き手であるぼくでさえ、自分の内側にある曖昧な感覚を書きながら整理していることもあるのだ。読み手にその内容を正確に理解してもらうのはなかなか難しいんじゃないかと思う。ぼくが読者の立場なら「これ、どういう意味?」と頭を捻ることも多いだろうし、最悪の場合、読むことを諦める。とはいえ、今のところはこの路線を変えるつもりはない。変えるべきではないような気がしているのだ。

恐らくこのブログの文章だけではきっと何かの役に立つということはない。ぼくにとっても、読者であるあなたにとっても。教訓なんてものも無いし、そもそも、そんな大それたものは持ち合わせていない。ぼくが一筆書きを辞めて、文章を修正し始めたなんて、正直どうでもいいだろう。だって書いているぼく自身、どうでもいいと思っているのだ。読者であるあなたもきっと「どうでもいい!」と思っているに違いない。きっとそうだ。そうに違いない。確かにこのブログ記事一つだけでは何の価値も無いかもしれない。けれど、この先、数年、いや、数十年と書き続けていくことによって意味や価値を持ち始める可能性はある、と思っている。全体の中に溶け込み、このブログの文章が、その一部となった時、何かしら重要な意味を持つ可能性はあるし、誰かにとって重要な価値を持つかもしれない。たぶん、ぼくにとっても何かしら価値を生み出すんだろうなと予想している。それがどのようなものであるのか。今の段階ではわからない。あくまで、膨大な数の日々の記録が出揃い、それらを時系列で、なおかつ俯瞰で捉えた時、これまで想像すら出来なかったような解釈が生まれる空間がそこに存在するような気がしている。