シナリオコンクールの結果

あ、そういえば、9月末に提出したシナリオコンクールの結果ってそろそろじゃなかったっけ、と思い出し、ネットに上がっていないかな、と思って検索をかけてみた。深夜の部屋でひとりドキドキ。あ、出てる!結果は…

ダメだった。一次審査で落ちた。クソー。いや、そうかそうか、受け入れよう。キチンと結果を受け入れて次に進もう。それしかない。ひとつの結果に一喜一憂せず、毎日やるべきことを淡々とやるまでだ。もっともっと脚本に真剣に向き合わなきゃいけないということだ。今回、想像していたよりも応募総数が少なかったので、せめて一次審査は通過したかった。でも、これが現実。自分の実力が足りなかったということだろう。そう思うことにしよう。ここからの動き方が大切だ。何度も何度も繰り返し自分の名前がないかどうか確認した。ない。そうか、間違いないのだろう。今回は惨敗だ。

物語の良し悪しが何をもって決まるのかは定かではないけれど、世界観であったり、脚本家の技術的な能力など、様々な要素が絡んでいることは確実だ。今回書き上げた脚本が技術的に完璧だったかと問われると、残念ながらそんなことはない。締切ギリギリまでよりよくしようと粘ったし、書き直しを重ねたけれど、それはある意味、結果が物語っている。甘いと言えば甘いのかもしれない。脚本の執筆に2年近くの歳月がかかった。集中して書けた時期もあれば、そうでない時期もある。執筆の過程で学んだことはたくさんある。今後、取り組まなきゃいけない課題をいくつも見つけたし、シンプルにもっともっと勉強しなきゃいけないことを痛感した。勉強不足だ。脚本を書く上での技術的なことだけじゃなくて、日常の細部をもっと注意深く観察し、何かを掬いとる必要がある。

自分の脚本の世界観が好きだ。これが救いだ。そもそも、自分の頭の中に現れる空想の世界観が好きで、物語を書き始めた部分もある。今回の脚本のコンセプトも悪いとは思っていない。でも、技術的にはダメだったんだろう。結果は結果で受け止める。また改めて読み返してみよう。オープニングからエンディングまで、コーヒーでも飲みながら時間をかけて、ゆっくりと。自分の物語の世界観に浸ってみよう。問題点を見つけ出して、これだ、と思えるまで書き直してみよう。もちろん今書いている脚本も書きながら。時間はかかるかもしれない。それでいいじゃないか。書くことは生きることだ、そう思えたら。