ほどよく自己否定

ふと昔撮った写真を見ていて、冒頭の写真を見つけた。

「書くか、惨めに生きるか」

約2年前、ノートに書いた文字である。なんだかカッコつけというか芝居がかっているニュアンスが見て取れる。簡単に言えば自分に酔っていたとも言える。いや確実に酔っていたハズだ。小っ恥ずかしくもある。

だが、同時に思うのは、自分を追い込み、なんとか奮い立たせようとしていたんだなということ。焦っていたのかもしれないし必死だったのかもしれない。自分の可能性は自分が一番信じてあげなきゃどうしようもないのに、たぶん信じ切れていなかったんだろう。それは今も同じ。文章を書けば書くほど自分の語彙の乏しさ、感性の鈍さ、表現の幅の狭さを痛感する。このブログもそうだし、脚本だって同じ。どうすれば自分が理想とする文章、内容を、よりイメージに近い形で書けるか。考え続けて、「今日こそは!」と意気込んで書いて仕上がった文章を読んで全て消したくなる。「お前は無能だ」ともう一人の自分に言われているような気になる。パソコンを叩き割りたくなったり、深夜の静かな部屋で叫びたくなったりする。別に病んでいるワケではない。納得する文章を書きたいという気持ちと裏腹に理想に近づけぬ歯痒さで、そういう精神状態になることがあるということ。

この葛藤は冒頭の写真を撮った頃からあまり変わっていない。年齢も重ねたし、焦りがないかと言えば嘘になる。このままどこにも行けないんじゃないか、と先の見えない不安に絡めとられて身動きが取れず、思考が止まってしまうこともある。

でも変わった部分もある。例え書かなくても惨めに生きるワケではないと思えるようになった。変に自分を追い込まなくなったし、少し余裕を持って柔軟に考えれるようになった。とはいえ油断すると甘えに繋がるし、「頑張るぞ!」という気概が削がれるので、ほどよく自己否定しながら、これからも書くことに向き合っていく。

そりゃ一朝一夕には上手くならないね。今日も明日も1年後も10年後もコツコツと。その覚悟だけは忘れず、辞めないように。しっかり頑張る。