ちょっと個人的な話を、感謝を込めて

ちょっぴり個人的な話を。
いつものブログとはテイストが違うかもしれないけど、まあ、時間がある人は読んでください。
なければ大丈夫。

小さい頃、よく大阪のじいちゃん家に泊まりに行った。
自宅の1階が工場で、使わなくなった仕事の部品をもらっては、弟と遊んだ記憶がある。
ばあちゃんは今でも僕に「お小遣い」をくれる。
31歳になった今でも。
以前、母親から「無理しなくて良いよ」とやんわり伝えてもらったところ「これが私の楽しみだから」と突っぱねられた。
母親ともたまに電話をすると「あんた、バイトは?」と心配される。
もう一度言うけど、僕はもう31歳だ。
でも母親いわく、「親からすれば子供はいつまでたっても子供」とのこと。

じいちゃんは、たしか僕が小学4年生の時に死んだ。
カッコよかった記憶がある。
そういえばメガネをかけてた。
タバコも吸ってたな。
お酒が大好き。

でも、じいちゃんの声は忘れてしまった。

昔、焼き鳥屋に連れて行ってもらった。
熱さでゆれるかつおぶしを指して、「たつや、このかつおぶしは生きてるぞ!」と脅かされ、怖くて食べれなかった。

じいちゃんはよく一緒に遊んでくれた。

自宅の2階で「アイスホッケーだ!」と孫の手を使って遊んでヘシ折り、ばあちゃんに見つからないよう部屋に隠したり、「相撲ごっこ」と言っては、ティッシュを塩がわりに部屋中に撒き散らした。

夜は僕が眠るまで歌を歌ってくれる。

昨日までずっとその曲名がわからなかった。
「グッド・ナイト・ベイビー」という曲らしい。
昨日、その曲を歌っていた歌手の内田正人さんが亡くなったと知った。
もし、じいちゃんも生きていたら、たぶん同じぐらいの年齢だったと思う。

その知らせをきいて、過去の記憶があふれた。
しばらく余韻に浸って、「一緒に飲みたかったなぁ」なんて。

人はいつかみんな死ぬ。

そんな当たり前を真面目に考えると怖くなるから、目をそらしがちだけど、物語を作る人間としてはキッチリ向き合うつもり。
今、この瞬間は「日常」なんていう曖昧な言葉に変換されがちだけど、奇跡の連続の上に成り立っていることは間違いない。

自問自答した。

「お前は、今日を真剣に生きれているのか?」と。

言葉が詰まった。

もちろん、毎日をパーフェクトには生きられない。
偉そうに感情のままこんな文章を書いているけど、僕だって高尚な人間じゃない。
バイトをさぼる日もあれば、人に優しく出来なかったりすることもある。
大切な人を傷つけてしまったこともある。

たまには過去を振り返って、初心を思い出したい。
純粋だった頃の気持ちを。
少なくとも思い出そうと思える人ではありたい。

いつかは死ぬから、生きてる間は、みんなで生きよう。
生きてる人間で力を合わせて。

正直、僕は愛されて育った。
人には色々な事情がある。
誰かにその愛を送れる人でありたい。

もちろん、『エンターテイメント』でも楽しませます。

最後に、

じいちゃんの写真が手元になかったから、「グット・ナイト・ベイビー」をパソコンで流しながら歌手の内田さんと写真を撮った。



結構、良い写真だと思う。

僕はじいちゃんの歌で眠るのが好きでした。
素敵な歌をありがとうございました。

ささやかですが、感謝を込めて。
安らかに

杉本達哉

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