そもそもコインランドリーで酒を飲んでいいのか?

昨夜、コインランドリーで缶ビールと酎ハイを飲みながら大学時代の事を思い出していた。浪人して入学した関西の私立大学を3年で中退。約10年経った。「そもそもコインランドリーで酒を飲んでいいのか?」という疑問は浮かんだが、あれこれ考えている内に当時を思い出し、感傷に浸り、酒が進む進む。監視カメラも付いてることだし、駄目なら注意を受けるはずだ。ポテチを食べてるおじさんも居たので、酒もOKってことにしよう(NGならごめんなさい)。

学生時代の良さは過ぎ去ってみないとわからない。若さも同じだろう。当時、大人が「学生時代にもっと勉強しとけば良かった」という言葉をよく口にするのを聞いていた。その意味は、30歳をこえた今、よくわかる。

「遊ぶ」or「勉強する」の二択で迷いなく前者を選択した大学時代だが、今になって思うと、滅茶苦茶遊んで、それ以上に滅茶苦茶勉強すれば良かったと思う。どちらかを選ぶ必要はなかった。両方を選べば良かったんだ。若かったんだし、今よりも体力もある。バイトを掛け持ちしようが、徹夜で学校に行こうが、あまり疲れなかった。人は年齢を重ねると守りに入りがち。僕もそう。明日のバイトの事を考えて「そろそろ寝ようかな」なんて思う。例え脚本の進捗状況が思うように進んでいなくても、そんな風に思うことも数えきれない。何度も何度もある。その都度、自分の弱さを痛感するし、何度も何度も何度も自己嫌悪に陥ってきた。何度も何度も。大学時代の楽しい思い出に浸っていても、あれこれ考えを巡らせると最終的には自己嫌悪に着地する。それ自体は悪いことだとは思っていない。弱い自分はあまり好きではないが、自己嫌悪に陥るだけ救いがある。と、個人的には思っている。

40歳をこえた時に「30代でもっと遊んでもっと勉強すれば良かった」と思うのは何だか嫌だなと思った。何歳になろうが、その瞬間から何かに打ち込むことは出来る。それは信じたい。年齢や立場は関係ない。断言は出来ないが、僕はそう信じ切りたい。二度と戻れないから人生は素敵で寂しくて情緒的なんだ。大学時代の若かりし自分を思い出し、懐かしくも悔しくも熱くもなった。「もっと勉強しとけば良かった」と思う。それを繰り返さないために「今から勉強しよう」と思った。昨日のブログにも書いたが、今、英語を勉強している。実はこのブログを書きながらもBBC(英国の公共放送)を聴いている。出勤時も聴いた。ハッキリ言って意味不明。

チンプンカンプンで、「本当に英語を理解出来るようになるのか?」と思うが、何年か経って「あー、32歳から勉強しとけば良かった!」と思って後悔するぐらいなら、今からやる。やるべきだとは思わない。やりたいなと思う。勉強する。勿論、最優先は脚本。ここは絶対。

なんだか、今日のブログはフワッと書こうと思っていたのに、それなりに真剣に書いてしまった、ような気がする。まあ、それも良しとしよう。英語理解出来るようになるのか?何喋ってるかほとんどわかんねーぞ。時々笑ってるからとりあえず一緒になって笑ってみたけど、何が面白いのかわからない。わかりたいぞ。でもとりあえず笑うと訳はわかんないけど、ちょっと幸せな気分になる。

コインランドリーで酒を飲んだ結果、考えたアレコレ。