すれ違いの翌日も脚本をね

昨夜、24時すぎにコインランドリーに行って、洗濯物を回している間に近くのお店にトンカツを食べに行った。最近はもっぱらトンカツばかり。家から近いというのがその理由で、ご飯に加えてお味噌汁もお代わり無料というのが個人的に熱い。よくよくお腹が減る。平日は部屋で一人英語を音読したり、文章を書いたりと、似たような日々を送っていて、そんな単調な生活の中、お腹が減ると結構大変なのだ。シンプルにイライラする。別に怒っているわけじゃないがイライラするのだ。なので食事でストレスを発散している。でも太らない。最高だ。

洗濯を終え、帰宅したのが深夜1時すぎ。サクッと洗濯物を片付けて、イカスミを見に行った。「イカスミ?」と思った方は、良ければ前の日のブログを読んでほしい。まあ、でも先に言っちゃうと、ぼくが住む家の近くの草むらにいるネコのことで、前日に撫でようとしたタイミングで突如警察官に職務質問を受け、イカスミを驚かせてしまい、撫で損ねたという経緯がある。今週末に東京から埼玉へ引越す。なので、これまでみたいには会えなくなる。さすがに2日連続で職務質問を受けるのはマズイ気がするので、周囲の様子を窺いながら、キチンと警察官がいないことを確認。ついでに、パトカーも停まっていないかキチンと確認。直前の2文だけ読むと完全に犯行前の犯罪者のそれだが、ぼくはただイカスミを撫でようとしているだけなのだ。深夜1時すぎ。時間も時間である。用心するに越したことはない。周囲に目を配り、ちゃんと警察官がいないことを確認して、イカスミがいる草むらを覗き込んだ…が、昨日はイカスミが居なかった。完全なるすれ違いである。「一体、ぼくは何をしているのか?」と思わなくもないが、脚本をサボって深夜の街にイカスミを見に行くのも結構楽しい。歩く間に色々と考えることもあるし、寒い寒い深夜の道をひとり歩いていると、「あ、いま生きてるんだな」と思う。自分の鼓動を感じるし、すでに32年付き合ってきている自分自身の中に新しい発見が合ったりする。それっぽく言葉に出来そうなものもあれば、上手く言葉に出来そうにないものもある。自分の内側に混沌としたものの存在を感じるし、かと思えば何も考えずにただヘラヘラしている時もある。要は複雑なのだ。おまけに星が綺麗。都会で星が見えないは嘘だ。ちゃんと目を凝らせばいくつも見える。地球からはるか遠く離れた場所に何かしらの律動があるのだ。

一応、さっき「脚本をサボって…」と書いたが、正直に言えばサボっていない。今日も1時間、ちゃんと書いた。とはいえ、脚本の本文そのものを書いたわけじゃない。ここ最近はずっと、登場人物たちのバックストーリー(過去の出来事)を掘り下げている。脚本(物語)が始まる前に何が起きていたのか、という部分だ。これまでバックストーリーを考える時は、メモ書きというか思いついた内容を、ただ紙やパソコンに書き殴って、ある程度溜まったらなんとなく脚本を書き始めていたんだけれど、今回は「構成と素描に時間をかけよう」ということで、ちゃんとバックストーリーを脚本の形式にして書いている。つまり、物語に出てこない過去の出来事を脚本の形式で書いているのだ。正直、それなりにしんどくい。「そろそろいいんじゃない?」と思わなくもないが、いやいや、イカンイカンと自分に言い聞かせている。今日は、物語(脚本)の20年前にヒロインが通っている中学校での友達との会話を書いた。果たして意味があるのかは全くもってわからないけど(勿論、なくはない!)、こんな感じでやってる。このままいけば脚本を書き始める頃には、バックストーリーの脚本が3本ぐらい出来ていそうな予感だ。ちゃんと、やらなきゃね。脚本を書くという行為は、自分以外の人間を扱うという行為でもあるんだから。