【告白】脚本家・杉本達哉のゲスさ!

ちょっぴり今日中に書いておきたいことがあったので、改めてブログを書くことにした。
本日2度目の更新である。

さて。

日頃から毎日ブログを書いていると、それなりにマンネリ化することも正直よくあって、読者の方からも「同じようなことばかり書いてるよ!」と指摘を受けることがある。
確かに。
それについては僕も心当たりがたくさんあるので、一切の反論はない。

実は、マンネリ化と同時にもう一つ気をつけなきゃいけないことがあって、無意識的に“綺麗事を述べがち”であるということ。

要するに、惨めな部分というか、格好悪い部分はなるべく見せたくないという意識が働く。

ブログの裏側や踏み込んだ話なんかは、ちょっぴり専門的な内容も含まれるので、基本的には『杉本達哉の書斎』に書こうと決めているのだが、ぶっちゃけたところキレイゴトだけだとブログはあまり読まれない傾向にある。
ちなみに僕の場合はだ。

映画やドラマのストーリーが冒頭からずっと順風満帆ではないように、ブログでもキチンと書き手の惨めな部分を曝け出さないとなかなか厳しい。
共感が得られないということなのだろうか。
詳しい理由は僕もまだ把握しきれていないのだが、どうやら、そのような傾向がある。

「ブログでは本音で自分を曝け出す!」と偉そうに息巻いて毎日文章を書いている僕でさえ、これは本当に難しい。
やっぱり無意識的に“惨めで格好悪い部分は隠したい”という意識が働くのかもしれない。

でも今日は一つ書くことにした。

僕の『ゲスな部分』について。

脚本家・杉本達哉の“ゲスさ”とは?

読者であるあなたも、ちょっぴり考えてみてほしい。

“杉本達哉のゲスさ”とは一体なんだろうか?

「そもそも、ゲスって何?」と思った方もいると思ったので、事前にWikipedia先生で調べて親切にブログに添付しようと思ったのだが、調べても調べても『ゲスの極み乙女。』が出てくるので面倒になって辞めた。

なんとなく想像してほしい。

自分で「パッ!」と思いつくだけでも『3つ!』ある。

一つ目は、
本題に入る前の前置きが長く、無駄に読者の時間を奪うという、脚本家としてはあるまじき性格の持ち主であるという部分。

二つ目。
脚本家と名乗りながら、脚本は全然書かず、ブログばかり書いており、おまけにFacebookのプロフィール欄の写真が中途半端に鼻につく感じであること。しかも、ここには脚本家ではなく『storyteller』と表記されているのもゲスである。

三つ目。
本当は別に『3つ』思いついたわけではないのだが、「とりあえず3つ!」と言えばそれっぽく聞こえるんじゃねーか、という適当な計画で書き進めるところである。

さて、さて。

この辺でだんだんムカついて来た人も居るかもしれない。

どうだろう?
ムカついてる?

本気でムカついたら読むのをやめてもらっても構わないのだが、おそらくあなたは読むのをやめないし、出来れば読み進めて欲しい。

途中からふざけ始めたのにはキチンと理由がある。
今この瞬間にブログで種明かしをするつもりはないが、本当である。

最後に真面目な話を書く。
僕の惨めで格好悪い部分だ。

今朝、専門学校時代にお世話になった先生のFacebookで、かつてブログにも書いた専門学校時代の同級生である松本優作監督のドラマがクランクインしたことを知った。

20代の若さで映画『Noise』を監督した才能の持ち主である。

注:この男はゲスな脚本家(ボク)です。

正直、今の僕は足元にも及ばない。

勿論、悔しい部分はあるけど、それは彼の才能であり、おそらく気が狂うほどに積み重ねた努力の賜物だと思う。

当然ながら応援しているし、「僕も負けねえぞ!」と思ってはいるものの、完全に手放しで応援出来ているかと言えば、多分そんなことはない。
つくづく格好悪いが、「嫉妬」している部分は確実にある。

その証拠に、先生のFacebookで知った時、すぐに『シェア』出来なかった。

誤解なきように伝えておくが、別に『シェア』することだけが応援だとは思っていない。
ただ、僕は同級生として勝手に彼を応援するのであれば『シェア』するべき立場に居ると思っている。
それは「いつか同じステージに立つからな!」という意識の表れでもある。

でも、一発目にその投稿を見たときは、『シェア』出来なかった。
ジェラシー……いや、そんな飾った言葉で片付けちゃいけない。

嫉妬である。

嫉妬しているのだ。

これは単に彼の功績に対して嫉妬しているのではない。

自分自身が、何一つ胸を張れない状態でいること、何一つ満足のいく成果を残せていないことがそうさせている部分は大きいと思っている。

となると、やることは一つ。
僕が頑張るしかない。

自分が納得いく成果を出し、実績を積み重ねれば自ずと周りの人々の成功も喜べるようになるはずだと信じたい。

数時間考え続け、結論が出た。

キチンと松本監督を応援しようと。

その後、すぐに投稿をシェアさせていただいた。

同じ環境で勉強していたとて、数年経ち、経験を積めば確実に違いは生まれる。

当たり前のことだ。

勿論、人間だから完璧には生きられないし、生きようとも思っていない。
でも都度で、ちゃんと方向転換出来る人間ではありたい。

「応援するよ!」って言葉を可能な限り、偽ることなく伝えれる人でありたい。

そのためにも、これから先の人生で、自分がキチンと頑張らなきゃいけない。
改めて、そう思ったし、考えさせられた。

「別にお前はゲスじゃないよ!」
「今日はそこそこ曝け出したんじゃない?」

という優しい言葉をかけてくれる天使も居るかもしれない。

断言する。
僕はそれなりにゲスだ。

……(えっ?)

ブログの後半を読み返してみて欲しい。

『シェア』という言葉を何度も何度も繰り返し使っている。

これは読者に『シェア』という言葉を刷り込み、今後、僕のブログを『シェア』させようという算段である。

ほら、この短い間にもすでに3回ブチ込んだ。

なんたるゲスか!!!

なんたる策士か!

ps.松本監督!応援しまーす!

【杉本達哉の書斎】
深夜の東京で脚本を書く杉本達哉が、『アカデミー脚本賞』なる、現在地からどんでもなく遠いところにある「夢」を掴む為に奮闘する日々の記録。
今日は『手放すことの難しさ』というテーマで書きました。
興味がある方はコチラ↓

杉本達哉の書斎

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