「後悔」を否定する風潮の気持ち悪さ

たった一度しかない人生なので、なるべく「後悔」しないように生きたいなとは思うが、時々、

「後悔なんてしても無駄!人生楽しまなきゃ損!充実させよー!」

的な、前向きな意見を耳にすることも多くなった。

確かに「そうだよな」と思う気持ちがゼロかと言えばそんな事はないが、なんだか「後悔」という一見マイナスな要素に目をつぶって、“ただ楽しめばOK”のようなノリは正直、なんだか気持ち悪い。

楽しむことが悪いわけじゃない。

もっと悩んだり、徹底的にヘコんだり、半端じゃなくウダウダ言う時間を、そんな自分の存在を認めてあげることが必要なんだ。

今はそんな弱い部分を隠す人が多いし、安易に「プラス思考」「マイナス思考」と区分けしたり、「白」か「黒」かを分けたがる風潮も気持ち悪い。

「間もあるでしょ!」と。

「グレーの存在を認めろよ!」と。

映画の主人公や登場人物を思い浮かべれば、皆、何かしら「葛藤」を抱えていたり「後悔」に苛まれていたりする。

本来であれば、仕事が完璧に充実していて、常に美味しい物を食べることが出来て、可愛い女の子、あるいはイケメン男子と、夜な夜なホニャホニャでもOKなはずだ。
でも、そんな順風満帆な人物はほとんど登場しない。
観ていても多分つまらない。
人が誰かに共感するポイントはもっと別の部分のはずだ。

最近はなるべく(可能な限り)、「本音」でブログを書くようにしている。

特定個人を傷つけたりするつもりは一切ない。
そこは最新の注意を払う。

毎日毎日ブログを書いていると良い時もあれば悪い時もある。

文章のクオリティ自体もそうだが、「閲覧数」でダイレクトに反応として返ってくる時もある。
今日も『杉本達哉の書斎』でちょっぴり触れたが、ここ最近は、ブログの閲覧数が横ばい、あるいは低下気味で推移することが増えた。

「僕が読者なら、どんな文章(内容)を読みたいかな?」

を考えた時に、“キレイゴトがない、書き手が、書き手の存在感が曝け出された文章を読みたい”と思った。

なので、なるべく曝け出すつもりだ。

もちろん、時にはふざける。
ふざけた内容も書くし、好きにするが、真面目な内容も書く。

たまにね。

昨夜も、深夜からナンジャカンジャ作業した後、朝方になっても寝ることが出来なかったので、一杯だけ飲みに出た。
深夜3時頃である。

朝からバイトなので、サクッと飲んで帰るつもりが、バーテンダー?がやたら話かけてくる。
こちとら、「そっとしといてください。サクッと帰るので」感を全身から滲ませているにも関わらず、そんなことは一向にお構いなし。
喋り続ける。
自分の話ばっかりだ。
おまけにツマラン。

最悪である。

こんな些細なことで「2度と行かない」となるのだから、他人相手に何かを語る商売は難しい。
そういう意味ではこのブログも同じかもしれない。

結果的にほぼ徹夜でバイトに行くことになり、昼間、地獄的な眠気で「後悔」に苛まれた。

そんな自分を肯定したくて今日のブログを書いたというわけだ。

つまんないでしょ?

僕はつまんなくなってきた。

なもんで、そろそろ終わる。

また明日。

【note】
深夜の東京で脚本を書く杉本達哉が、『アカデミー脚本賞』なる、現在地からどんでもなく遠いところにある「夢」を掴む為に奮闘する日々の記録。

杉本達哉の書斎

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。